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「……ぁ…ぅえ…は…っ、」


後から後から込み上げてくる涙と嘔吐によって体力を使い果たして徐々に意識が遠くなってくる。
聞こえるのは、耳障りなほど荒い俺の息づかいと、身体を動かすたびに鳴る零れた液体の音だけ。

頬と髪を濡らす嘔吐物から目を逸らした。
汚れた口元を拭うのも忘れて、小さく震える手で男の肩を掴もうとしても右手が固まったように動かないことに気づく。

…そういえば、そこに…何かを握りこんでいたのを思いだした。
手を開こうとしても、まるで接着剤で止められているかのように指が動かない。

…無意識に呼吸を止めて、掌に感じる握ったことのある形に逃げ出したくなりながら…視線を徐々に下に向けた。
視界に、…握りこんだ拳と一緒に、…手の中に収まりきっていない”もの”が見えてくる。


「ッ、」


ビクッと身体が跳ねて、目をそこから離せずに凝視した。
頭の中が真っ白になって、目の前の現実が受け入れられない。


「…なんで、…おれ…こんな…」


喉が押しつぶされるほどの驚愕のせいで喘ぐような呼吸になる。

(だって…あれは…ゆめで…、おれはいま…ここにいてせいちょうしててごしゅじんさまが…いちかわっておとこが――)

ここにはいないはずの人を刺したモノを、…何故か今自分が握っている。


「…なんで、はさみ…、が…」


強く握った鋏。
汗で滲んだ手。
…そして、さっき響いてきた…本物の肉に刺さったような…感触。

ゾクリと背筋が寒くなる。


「…ぁ…ああぁぁああ…っ!!」


必死に投げ捨てようと腕を振ろうとしても、右手に神経が通っていないかのように握った手が開かない。
やっとの思いで何度も何度も何度も何度も狂ったように腕を振れば、硬直していた指が一瞬だけ軽く開く。

カンっと地面にぶつかる音がした。


「…うそだうそだうそだうそだ…」


男の身体に触れる。

手から伝わってくるのは…火傷しそうなほど火照って、熱い身体。
少し顔を上にあげれば包帯で覆われた顔がみえる。
ぐったりとしたその身体はピクピクと震えたまま、俺の声には反応しない。


「…うそ、だ…」

「………」

「…いきてる……いきてます…よね…?」


動かない男に、焦る。

何度揺さぶっても、返答がない。
そのかわりに、俺の身体を濡らす液体の量だけが増えていく。

さっき鋏を見た時に視界に入ってきた床に零れた液体は…血は目を塞ぎたくなるほどの、量で。
その前に床に広がっていただろう精液が見えなくなるほど、多かった。


…冷たくて、温かい。


「うそだ、だって、さっきまでおれのうえで…」


そうだ。俺の記憶では、普通にセックスして、笑って怒って気持ちよさそうにしてしゃべってて…、

なのに。

………なんで、こんなことに、なった…?


「……な、んで、……?」


震える唇から出た声が、実際の音よりやけに大きく、現実感を増して部屋に響いた。

……何も、わからない。


「ああ、こうすれば…、うごかせば…おきるかな…はんのうするかな…」


まだ男が上に乗っかかった状態で、奥まで性器が入っている後孔に、腰に力を入れた。
相手が重いから、僅かに結合部を擦りつけるように前後左右に動かした。


「ふ…ッ、ん…っ、ッ、」


ただでさえこういう行為をすることを望んでいないことに加え、吐き気が酷く、眩暈がする。

死んだように横たわる男の人の反応が欲しくて、必死に腰をゆさゆさと前後に振る。
ただ、生きてることを確認したくて、内壁に擦りつけるように動かす。

と、相手が少しだけ動き、腰を俺にぶつけるような動作をした。
ぬるぬると性器に擦れる肚の内部に、男の動きが合わさってヌヂュ…、と音がする。

……ああ、よかった。生きてる。まだ温かい。まだ、…熱を持ってる。

ぬぷっぬぷっと音がする。
動くたびにナカに入っていた精液と性器が擦れて泡立って音を鳴らす。


「……」

「…は…っ、ふ…っ、ん゛…っ、」


恐怖に急き立てられるように腰を動かす。

「……ぁ…っ、?」時々止めながらひたすらその動きを続けていると、肚の中で怖いくらいに硬くなってビクビクと脈打っていた性器から欲が吐き出された。

身体の奥に感じる熱にホッと安堵すると同時に、傷に精液が染みて顔が苦痛に歪む。


「…っ、いち、かわ……さん…?」

「………」


でも、試しに声をかけてみても、男は何も口を開かずにぐったりと俺の上に倒れ込んだままだ。
さっき数秒動いていた気がしたのに、今度こそ全く動かなくなってしまった。

反応はないのに、何故かまだ痙攣し、ドクドクと肚の中で熱く震える男の性器。

手を伸ばして、俺と男の身体に隙間を作って、指先だけで結合部に触れる。
くちゃりと音がして、やっぱり男の性器はまだ熱を持ったまま一度欲を吐き出したのに肚の中で再び硬くなって形を取り戻している。


(…どういう…)


死んだわけじゃ…ない…?


「……」


そこから手を離して、もう一度顔の前まで持ってくる。
手を濡らしていた血が、今ついたばかりの精液に絡みついて、…。


「お前、いつからそんな淫乱になったんだ?」


すぐ横から聞こえる嘲り声。
目の前のことに気をとられていて、近くまで人が来てるのに気づいていなかった。
俺の顔のすぐ隣に立っている御主人様を見ようとして、暗いこの部屋では良く見えなかった。


でも、わかる。
御主人様が戻ってきてくれたのだと、その声ですぐにわかった。


「…っ、ごしゅじん、さま…」

「自分から男相手に腰振りやがって」

「…ッ、」

「まー、でもうまくやったみたいで良かった」

「…え?」


機嫌の良い御主人様の言葉の意味が、よくわからない。
疑問の声を上げると、軽く肉を打つような音がして男の身体が少し上からずれる。


「おい、自分で抜け」

「…ぬく…?」

「ずっとそのままでいたいってんなら俺はとめねぇけど?」

「…ッ、ぬき、ます!」


男の上半身が少し持ち上がる。
御主人様が男の頭を手で掴んでいるのか、酷く雑な動きだった。
ぶらんとして変に揺れる身体。


「…っ、ん…っ」


急いで男のお腹辺りを掴んで、自分の腰を引く。
ぬぷりと音を立てて肚の中からグロテスクなほど血と精液のついた男の性器が目に入ってきて、思わず吐き気を催した。

ご主人様が相手の身体を持ってくれてるのもあって、ぬるん、とあれほど抵抗していたのが嘘みたいに、あっけないほどに穴の中から抜ける男の性器。

背中をまげて胃液がまた再び込みあがってきて吐こうとして、でも何も出てこない。
久々に解放された後孔に嬉しくなる。ずっと性器を挿れられていたせいで拡張し、出された精液や尿が零れ出てくる孔のなかにぬるい空気が入ってきて冷たい。

銅像ぐらいに重い身体を上から押し退ければ、ゴロン、と人間の形をした鉄の塊みたいに地面に転がる。

一瞬視線を投げて、御主人様が足で男を蹴り飛ばしたのが見えた。

音を立てて転がる身体。
ピクリとも動かない。


「…ごしゅ…っ、ごしゅじんさま…っ」

「おーおー、良くやった」


泣きながら手を伸ばせば、しゃがみこんで抱きしめてくれる。
ぽんぽんと頭の上で軽くバウントする手に、安堵の涙が零れた。
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