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✤✤✤
それは、凍えるほど寒い冬の日の夜。
「…っ、は…ッ、は…ぁッ」
夜中だから、周りには人ひとりいない。
静寂だけが世界を包み込んでいた。
でも、そんな世界に不釣り合いな音がする。
靴ではなく、ぺたぺたと走る足音。
酷く荒い息を零して、吐くたびに白い息が口から漏れて自分の後方に流れていく。
「…っ、は…っ、」
もうどれぐらい走ったのかわからない。
氷のように冷えきった素足で硬いコンクリートを蹴って走って走って走って走って――
そのせいで足の裏は皮膚が傷ついてぼろぼろだった。
(どこでもいい。どこでもいいから、早くできるだけ遠くに…)
逃げないと。早く、逃げないと。
追いつかれる。
捕まる。
向かう当てなんかない。
息が切れるほど必死に走って、でも目的地なんかないから次第に駆けていた足は止まった。
ふらふらと壁に寄り掛かりながら歩く。
「……(怠い…)」
酷く眠たい。
ずっと走り続けていた身体は消耗しきっていて自分の身体に思えない程重たい。
崩れ落ちて眠りこんでしまいそうな身体に鞭を打って、身体を引きずるようにして足を進めた。
視界がぼやける。
身体が痛くて熱い。
「……――っ、」
そして壁にもたれかかった瞬間。
意識する間もなく、視界が真っ暗になった。
―――――――――――
「…(…あ…)」
いつ気を失ったんだろう。
瞼を持ち上げた時には地面が目の前にあって目を軽く瞬く。
知らないうちに倒れていたらしい。
……それもごみの山の上。
悪臭が鼻について顔が歪む。
「…っ、ぅ……」
腕だけで身体を引きずって、前に前にと意地でも諦めずに地面を這う。
コンクリートと擦れて皮膚に血が滲むのも構わずに身体を引きずった。
でも、少し動いただけで不意に浮かんだ考えに動きがとまる。
「…(…なんで、こんなに必死になってるんだろう)」
そんな考えが浮かんだ瞬間、一気に身体から力が抜けて動けなくなった。
誰も待ってる人なんかいないのに。
…これ以上生きてたって、いいことなんかないのに。
ふ、と白い息を吐いて顔を地面に預けた。
寒くて身体が無意識に震える。
「…さむ…」
あまりにも凍えているせいでうまく呂律が回らなくなってきている気がする。
そう言えば…なんで寒いときって震えるんだっけ…。
ぼんやりとした思考で考える。
教えられた気がするけど、思い出せない。
ずっとジンジンと冷たくて痛かった手足の感覚が薄れてきた。
こんな寒い日に外で寝たら死ぬかもしれない。
…ふとそんなことを思って、でも、一瞬動こうとした手から力を抜く。
「…それもいいかもしれないな…」
(……別に、いつ死んでもいいって思ってたんだから…)
生きる希望もない。
生きる意味もない。
全部が無色で、全部に価値がない。
…だったら、もう全部やめて死んでしまえばいい――
そうして、どこかもわからないゴミ捨て置き場で…静かに瞼を閉じた。
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