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………
………………
もわもわと湯気でくもった室内。
ピチャンピチャンと水の落ちる音。
「きょーはーくーくんがあそびにきてくれたから、とくべつーなひーなのだー!」
「……」
浴室内でやけに能天気な声が歌っていた。
びっくりするぐらいの音痴。
そう思わずにはいられないくらい下手に聞こえる。
多分元歌なんかない。音程も歌い方もいい加減だった。
…まぁそれはいい。
別にそれはもうどうでもいいんだけど、
(…本当に一緒に入ることになってしまった)
自分がこんなにもぐいぐいと来られると弱い方だなんて初めて知った。
汚い捨て猫を拾った子どものように真冬はなんていうか、良く言えば至れり尽くせりだった。
服を着替えるのも髪を洗うのも全部やりたいと言ってきた。
…屋敷の使用人にされるのとはわけが違う。
(…なんでそこまでしようとするのか理解できない)
真冬が俺に対してそんなことする理由はないのに。
目の前の鏡に映る自分がとてつもなく複雑そうな、変な表情をしている。
今までの人生でずっと無表情を貫いてきた自分にしては珍しく表情が崩れていた。
…ずっとこんな感じで調子を狂わされっぱなしなんて本当どうかしてる。
「くーくん…!どう?うまくできてる?」
「…うん。できてる」
…ちょっと石鹸使いすぎて目に垂れてきてるけど。
膝の上にタオルを軽く置いて座った俺は、上機嫌をさらに超えた表情をして真後ろに立っている真冬にわしゃわしゃと泡立った手で頭を洗われていた。
いつも”あの人”の下僕達(仮面みたいな顔をした奴ら)にロボットにされるみたいに洗われるけど、それとは違って小さな手がおどおどと気遣うように優しく髪の毛を泡で浸していく。
水滴と泡が頬を伝って床のタイルに落ちた。
髪や身体についていた薄い赤い色のものも一緒に流れていく。
「……いたい?」
「痛くない」
むしろ痛いのは真冬が気にしてる場所じゃなくて踏みつけられた手首の方だ。
ドクンドクンと酷く脈打っている。
湯が触れるたびに痛みが強くなるから結構つらかった。
身体を動かす度に激痛が走る。
…意識を失わないように気を引き締めて普通の会話をするだけでかなりの体力を消費していた。
鏡越しに視線を少し上に向けて真冬を見ると、不意にその表情がむ、となったり、眉がぺこんと下がったり、真剣な顔になったり、ぐぐぐと泣きそうになったりと百面相に表情を変化させているのがわかって、気にしないようにしようとして…やっぱり気にならないではいられなかった。
…なんとなくそうなってる理由はわかるけど、でも泣かれたらこっちが困る。
「……次泣いたら一緒に寝ないから」
「…う…うん、なかない…!くーくんといっしょにねたい…!」
万が一真冬の親が帰ってきて追い返されなければ、の話だけど。
風呂に入る前にこれでもかってほど散々お願いされて、別にコイツなら一緒に寝ても…大丈夫、だろうと思って承諾したけど、さっきからずっとまた泣きださないか冷や冷やさせられてばかりで…どうにかしてほしい。
最早泣けば俺がなんでもすると思ってるんじゃないか、と言いたくなるほどだった。
(…それに、)
鏡越しに後ろを見て、そのむむ、と泣きそうなのを我慢して必死に俺の髪を洗う真冬の首あたりにある跡に意識が吸い寄せられて、でもすぐに瞳を伏せて視線を逸らした。
…俺が気にすることじゃない。
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