10
***
「………」
…お邪魔します、と小さな声で呟くと「どういたしまして!」とへらっと笑って、どう考えても間違ってる返事が返ってくる。
泣き出したのは真冬の方が早かったはずなのに。
俺が泣き止んだ後もしばらくどうやっても涙がとまらなくて、何故か慰める側に回ってずっと何十分も、今日会ったばかりの子どもをひたすら戸惑いながら慰めるはめになった。
そしてその流れで「おうち、いかない…?」と涙目で泣きつかれて、若干怯みながらそれでも拒もうとすると目にまた大量の涙がたまってくるのがわかって、こうして結局家に上がらせてもらうことになってしまった。
(……何やってるんだろう、俺…)
不安と緊張で少し神経を研ぎ澄ませて、玄関から部屋を少し覗き込んだ。
そんな俺の手を真冬はきゅっと握って、相変わらず気の抜けたような笑顔を浮かべた。
「きょうはかえってこないから、だからだいじょーぶ…!」
「…うん」
さっきもそう言われたけど、やっぱり不安にはなる。
…もし見つかったらどうなるかわからない。
チラリと視線を真冬の方に向ける。
ずっと長い時間泣いてたせいでただでさえ寒さで赤く染まっていた頬がさらに朱色になっててむしろ痛々しく見える。
「…跡、残ってる」
服の袖でぐいとその涙の跡のついた頬を拭ってやれば、何故かじわじわとその頬が赤くなった。
(熱…?)
「…ぁ…っ、あり、がと…!」とやっぱりなんかどこかたどたどしく慌てて俺から目を逸らして、パッと繋いだ手を離した。
身体が離れたせいで、熱があるのか確認しようと額にのばした手がその目的を達せずに宙で止まる。
「…?」
「え、えっと、…ぁ…!ちょ、ちょっとじゅんび、してくる…!」
突然挙動不審になって、いきなり思いついたように、…いや、むしろ俺から逃げるようにあわあわと廊下をトタトタ走って奥の部屋に入っていくのを見送る。
(…何かおかしい)
その反応にむ、と釈然としない気分になって、でもすぐにいつも通りの感じで戻ってきたからちょっと安堵して、「くーくん…!」と最早決まってしまった名前?を呼ばれながら掴まれた腕によって無抵抗に引っ張られる。
(…浴室…?)
連れていかれた場所の部屋を覗き込むと、湯船をためているのかむっとした空気と湯気、あといくつかのかごが見える。
初めて見た他の家の脱衣所と浴室を眺めていると、「このおようふくでいい?」と用意してくれたらしい寝間着を見て、小さくお礼を言った。
ああそうだった、と今更ながらに気づく。
全然考えてなかった。
……確かに目もあてられないほど酷い。
あんな汚い場所にいたんだ。
…汚れるに決まってる。
自分の格好を見下ろしてそんなことを思いながら同時に嫌なことを思いだして眉を寄せた。
そんな気分を振り払うように一度強く目を閉じて、俺は後でいいから、と言葉にして脱衣所に背を向ける。
でも
「くーくん」
呼びかける声と同時に引き留めるように腕を掴まれた。
「……」
もしかして風呂の入り方がわからないとか言うつもりだろうか。
このふわふわした感じだとそんな言葉が返ってきてもおかしくない、けど…。
いや流石にそんなわけない、と自問自答しながら振り返って首を傾げれば、真冬は俺の腕を掴んだまま、へにゃっとした笑顔を浮かべた。
にこにこと効果音が付きそうなほどの機嫌の良さそうな表情。
本能的に身を引く俺に対して、彼はその無防備な笑顔のまま、
「いっしょにおふろ、はいろ…!」
そんな、あまりにも予想外な言葉を言い放った。
「…………は?」
(いっしょに、おふろ…?)
自分でも驚くほど間の抜けた声が漏れる。
すぐには意味が理解できずに驚いて目を瞬く俺に、えへへと至極楽しそうに頬をほころばせた。
[back][TOP]栞を挟む