3

放っておけば弁当の中のモノを全部俺に食べさせようとするから、「もういらない」と冷たく言ってぐいぐい押し付けられる食べ物からぷいと顔を背けて拒否すること2分ぐらいで、しぶしぶといった様子で残った食べ物をガツガツ食べ始めた。


…その様子を見ていると自分だってすごくお腹が空いてたはずなのに、あんなに俺に分けてたんだと思うとやっぱり今までもたびたび感じた真冬に対しての違和感を拭えない。



「…ほっぺについてる」

「ぁう、あ、ありがと…」



口の端や何故か頬まで汚しているソースを指さしてやれば、口いっぱいにもぐもぐとほおばりながら服の裾で拭ってぺこんと頭を下げた。

頬杖をついてその様子を眺めて、相変わらず真冬と俺以外には誰もいない部屋に視線を向ける。


(…本当に、誰もいないんだな)


嫌でも常に誰かに監視されていた自分とは違って、反対に真冬は誰の目の監視もない…というか放置されているみたいに見えた。
ガランとした家。
一見自由になんでもできる環境にあるようにみえる。


…それなのに。

その割に身体にある傷…親が家にいる時間なんてなさそうなのに一体いつつけられているんだろう。
緩い首元から見える痣に目を向けていれば、「はべゆ?」と口の中に物を入れたハムスターみたいな顔のまま箸で捕らえた肉をちょっとこっちに向けてくるから首を横に振る。

やっと弁当箱が空になって食べ終わったと思えば、次は「おふとんにぐるぐるごっこしたい!」だの「じめんごろごろごっこ!」だのやりたいことがいっぱいあるらしい。
一緒にやるのは面倒だから結局見てるだけだったんだけど、それでもごろごろぐるぐるした後にこっちを向いた真冬は俺と目が合うとにぱっとあどけなく幸せそうな顔で笑った。


…よく飽きないな。


そう思うくらい一人で遊んでいるのをぼーっと見続けること数時間。

いつか外に遊びに行きたいって言いだすんじゃないかと思ったけど、そんなことなくて真冬は一日中家の中で遊んでいた。


多分毎日こんなふうにして一日を過ごしているんだろう。

夜になれば昨日みたいに風呂で洗ってもらって、髪を拭いてもらったり拭いたりする。
極力その首元を見ないように気をつけたけど、でも一瞬でもその方向を見るとさっきまで元気に笑っていた真冬の笑顔がへらっと気まずそうになって、俺もどうしたらいいかわからなくて取り敢えず無表情を貫いていた。

……髪を拭いてもらってる時に、不意に真冬が「くーくんのかみ、さらさらできれいだね…!おれもそういうまっくろないろがよかったなぁ…」って羨ましそうに口にする真冬に

若干また少し眠気でうとうとしてて「…俺はまふゆのかみ、けっこう好きだけど」とかほざいてしまった俺と真冬の間に


「……」

「………」


とかいうなんか変な沈黙ができて、その直後しまった、とかおもった瞬間には


「……ほへ、にゃにゃ…!!くーくんのたらし!」と罵られたことはもう忘れたことにする。


(…なんであんなこといったんだ俺)


気が緩みすぎてる。



その後は座ったりごろごろしたりな感じで


……そんなこんなで、午前1時頃になった。


真冬の親が帰ってこない間は俺も安心してここにいられるけど、いつ帰ってくるかと思うと気が気でない。
それに親に一銭もお金を渡されてないらしく、昼食も夕食もない。
でもそんなこと気にもしてないらしい真冬はこんな遅い時間なのにも関わらず元気に今もぺたぺたと床に手形をつけて遊んでいる。


空が暗くなってくると同時に外を見るのが嫌いらしい真冬はカーテンを全部閉めて布団を被ったまま「とりゃ!」と俺に抱き付いてきた。


…正しく言えば覆いかぶさってきたせいで呆気なく身体が後ろに倒れる。


「ぎゅー!」

「……いたい…」


別に相手の体重が軽いからそんなに衝撃はきてないけど、何かしら文句を言わないとこの状況を受け入れているようで何か言わないではいられなくてとりあえず呻いてみる。

えへへと笑った真冬がぴったり身体にくっついてきてぎゅうううと抱きしめてきた。
首に回された腕によって顔が近い。
吐息がすぐ耳元で聞こえる。くすぐったい。


ぷっくらとしたほっぺが頬に触れて上にのっかかられたままだと流石に重いから横にゴロンとどけつつ、それでも離れないひっつき虫みたいな真冬に息を吐いた。

ちょっとでも真冬を引きはがそうとする俺に、至近距離でその顔がむっとむくれる。


「きのーのやくそく!」


……そうだった。昨日一緒に寝るっていってたんだった。


「…そんなやくそくしてない」

「あー!!くーくんずるいー!やくそくやぶりー!」


耳元で叫ばれると耳が痛い。
ぷいと後ろを向いてそんな抗議を無視する俺にぶーぶーと真冬の拗ねる声を背中で受け止めつつ、もごもごと文句をいいながらもやっと静かになって、逆に俺に後ろから身体を摺り寄せてきてぎゅっと強く抱きしめてくる身体に…少しして息を吐いた。


(………)


真冬、と呼びかけて振り向こうとした瞬間…ガチャ、と玄関の扉が開く音が聞こえる。


「…っ」


その瞬間

ビクッと後ろの身体が大きく震える。
…緊張に身体が強張っているのが痛いほどその空気と息で伝わってきた。
prev next


[back][TOP]栞を挟む