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余程痛かったのか肩が上下して息が乱れている。
お腹を手で押さえながらむぅと相変わらず全然怖くない顔で睨みつけてきた。


「…ひどい…むー、くーくんのいじわる」

「痛いなら痛いって言えばいいのに」


さっきので一応真冬的には怒ったはずなのに、一秒ともたたずにずるずると床を擦って抱き付いてくる。

…こっちが驚くくらい許すの早いな。


「やだ」

「…なんで?」


そこまで頑なに痛くないふりをする意味がわからない。
…ここには俺しかいないんだし、痛くないっていう必要もないのに。

疑問符に頭を悩ませてそう問えば、きゅっと抱き付いたままの真冬の手が、背中を優しく擦る。
俺の服に顔を埋めたまま零されるぐぐもった声。



「…くーくんのけがのほうがずっといたいもん…」


「……、」



予想もしない言葉を聞いて、無意識に身体が小さく震える。
真冬の手が傷ついた俺の身体を労わるように、気遣うようにゆっくりと優しく触れて



「いっぱいけがしてて…いっぱいあおくなってて、ずっといたいのに、でもくーくんは…ないたり、いたいっていったりしてないから、」


(……)


「…だから、おれだってこのくらいがまんできる」



ぎゅううっと抱きしめてくる身体に、その何かを堪えるような声に、何故かやるせない気分になった。
唐突な感覚に何かが一気に緩みそうになって必死に唇を噛み締めた。

嗚呼、やっぱり真冬は…見て、わかったんだ。



「…痛くないよ」

「あー、くーくんうそついてる!」

「嘘じゃないって、」

「くーくんがいたくないっていうならおれもいたいっていわないー!」

「…なんでそうなんの」



確かに真冬の言う通り、俺の身体には無数の傷跡がある。
タバコを押し付けられた跡、鞭やバッドで殴られた跡、刃物の跡、手首と足の手枷の跡、他にも色々ある。



…でも、風呂のとき真冬は何も言わなかったから、もしかしたら何も気づいてないかもしれないって思ったのに。



気づいてて、その意味をわかってて何も言わなかったのか。

真冬に気を遣われてたんだということを今更知ってちょっと悔しい。


(…でも、本当に痛くないって言うのは嘘じゃないんだけどな)


この感覚を分かってもらうのは不可能だと思う。

…痛いけど、痛くない。

証拠に今その場所を強く触られたって真冬みたいにのけぞったりしないと思う。

顔に出さない自信があるから、痛くないって自信をもっていえる。



「……むぅー…」

「…ま、でもそういうわけだから、真冬も痛かったら我慢しない方がいいよ」


じいいーっと疑い深げに見てくる真冬の視線から目を逸らしてそう言えば、「じゃ、じゃあ、痛いとき痛いって言ったら褒めてくれる?よしよししてくれる?」というわけのわからない質問をしてくるから「うん。痛いときにちゃんと痛いって言ったらしてもいい」と返せば「うん!言うようにする!」とコクコク嬉しそうに頷いていた。



「その代わり、くーくんもいたいときはいたいっていうってやくそく!」

「……」

「やくそく!」

「…はぁ、わかった。やくそく」



指きりげんまん、というように小指を絡めて軽く振った。
何度目かわからないため息をつく俺とは対照的に、ますます機嫌が良くなったらしくあどけない笑顔でスリスリと抱き付いて頬を俺の頬に擦りつけてくる真冬に本格的に体勢が苦しくなってくる。


「あのね、でもね、」

「…何?」


「えっと、くーくんはおこるかもなんだけど」と付け加えてその先を言わない真冬に先を促せば、俺の身体をぎゅううっと強く抱きしめたまま、


「おれ、おとうさんにああいうことされても、やだっていうより、きょうはちょっとだけ…うれしくなった」


………そんな、今度こそ本当に予想の斜め上のことを言った。


「…嬉しい?」


(…殴られることが…?)


怪訝に眉を寄せる俺に、胸に顔をくっつけたままの真冬がへらっと微笑む。


「…おれがなぐられれば、いたくてないてたら、くーくんがこうやってぎゅってしてよしよししてかまってくれるから」

「……、」



…聞きようによっては、どこか異常な、そんな言葉


(…ぁ、)


ドクン

鼓動が一度強く脈を打つ。
この前よりもずっと大きく、ずっとはっきりと。


ドクドクと煩いくらい心臓が鳴って動けない俺に対して、次々に並べられていく言葉。


「…それにね。くーくんがいるから、いっしょにいてくれるから、いたくなくなったっていうのもほんとうなんだよ」


恥ずかしそうに、ちょっと照れくさそうに微笑む真冬の笑顔から目が離せない。


「くーくんにぎゅーってしてもらってなでなでしてもらえたら、もうほかのことなんてどうでもよくなっちゃうくらいふわーってなって、だから」

「……」

「…だから、くーくんのことだいすき」

「…っ、」


縋るように甘えるように頬を擦りつけて抱きしめてくるその姿に、


何かが、限界だった。


「真冬」

「…んーなぁに?」


後頭部に回した手で引き寄せる。
キョトンと首を傾げて少し顔を離してこっちを見上げた真冬の目が、驚いて見開かれた。

何かさっきまでとの違いを感じたんだろう。

軽く瞼を伏せた俺と、僅かに縮まった距離に身体を強張らせたのがわかる。


「……」

「…っ、え、…くーく…っ、んぅ…っ」



一瞬触れた吐息。

お互いのそれが重なりあうように、唇を塞いだ。
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