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くしゃっと顔が歪んだ後、その声が一層大きくなった。
ボロボロと真珠のような大粒の涙が堪える間もなく自分の上に落ちてくる。


「…っ、ぐーぐん…っぶええ…っ、」

「…ちょ、ちょっと待って」


…泣くこと自体は別に全然いいと思う。

むしろ泣いてあの現在進行形でうふんあはんな奴らの行為を邪魔してやれとさえ思う。


でも、大声で泣いたら後で嫌な思いをするのは真冬のほうだし、さすがにこんな壁一つだけしかない近距離で声を張り上げて泣かれたら気づかれる。

もしかしたらこっちに来てまた殴りにくるかもしれない。


(…それはなんとしてでも避けないと)


焦る気持ちをおさえつけて真冬にそんな感じのことを言って聞かせながら、手を繋いで布団のところまで連れていった。


「ここの中だったら我慢しなくていいから」

「…ぅ…っ、ぐす…っ、うん…っ」


一緒にその布団の中にくるまって抱きしめ合うようにしてくるまった。

布団を二人の周りに巻き付けるようにして寝ているから結構息が苦しい。


でも、



(…布団の中にいれば多少は音がおさえられる、はず)


俺もこうして声を押し殺して泣いた記憶があるから真冬の気持ちがわからないわけじゃない。

けど、いつからかそれを望んでもこういう風に泣くことはできなくなった。

蘇ってくる苦々しい記憶に眉を寄せていると、ぎゅううっと背中に回った腕に力が入って胸のあたりにある顔がぐりぐりとさらにそこに押し付けられる。


…胸の部分が濡れていく。


もう布団の中だから声をおさえなくてもいいはずなのに、それでも我慢して声をおさえて泣く真冬に苦笑した。


(…本当に、)


「泣きたいなら泣けばいいだろ」

「…っ、ぅ、」

「俺は真冬が泣いたって怒ったりしない」


微笑んで優しく言葉をかける。
おさえてしゃくりあげていた真冬の泣き声がそれをきっかけに大きくなって、ひたすら泣き止むまでその頭を撫でていた。

…そして、真冬が泣き止む頃には俺の服は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで


「ぁう…ごめんなさい…」

「別にいいよ」


しょぼんと首を垂れる姿に首を振る。

…そもそもこの服、俺のじゃないし。
多分汚れて困るのは真冬の方だと思う。


「…ふあ…でも…くーくんにぎゅっしてもらってなでなでしてもらえた…」

「……もうしないから」

「…え!!!?!!」

「…もう泣き止んだみたいだし必要ないだろ」

「や、やだ…っ、まって…!」


身体を離してぷいとそっぽを向いて布団から出ていこうとする俺の胴に回された腕に引き留められる。
思いっきり絞められたせいで一瞬すごい腹が痛かった。


「やだー!!やだやだ!くーくんにもいっかいなでなでされたいー!」

「…一気に面倒くさくなった」


…泣いてる間は大人しくて結構可愛かったのに。

このまま歩くとずるずると引きずられてでも離しそうになかったので、その腕をほどきつつ真冬の方を向いてしゃがみこむ。


「…あんまり声出すと、また怒られるよ」

「はっ!」


もう扉の向こうから音はしないけど、用心するに越したことない。

その口を手で軽く塞ぎながらしーっとさっき真冬がやってたみたいに唇の近くに人差し指を持っていけば、今思い出した、というようにバッと自分の両手で口を覆った。

…でもすぐに、


「…何」

「ふへへ」


…今の状況を理解しているのか理解してないのかわからない。

さっきよりも大分小さくなった小声でそんな風に目の周りを真っ赤にしたままにへらと緩んだ笑みを浮かべて、

そそくさと離れようとする俺の服の裾を掴んできた。

…その目が期待に満ちている。

何を要求されてるかわかってしぶしぶ頷いた。


「…わかった。…わかったから離して」

「うん!ぎゅってしていっしょにねよ!」

「…はぁ…っわ、」


さっきまで泣いてたのが嘘みたいな笑顔で、ぐいっと胴に巻き付けられた腕に引き寄せられる。
バランスを崩して引いた真冬の上に若干倒れるような格好になって、それでも楽しそうに笑う声。
腹に回された手の力が少し緩んで、ごろんと床に倒れこむ。


…なんということか腕を掴まれて、向き合う体勢にされてしまった。


「くーくんだーいすき!」

「…(う、)」


そんなこと言われても何て返したらいいかわからない。
ぎゅうっと前から抱きしめられて、むずがゆい感覚にむむむと顔をゆがめていると、「えへへ」と幸せそうに笑う真冬がすりすりと甘えるように顔を身体に擦り付けてくる。


「…くーくんあったかいね」

「…俺はすごい寝苦しいんだけど…」


息を吐けば白い息が零れる。
布団があるといっても布一枚で、床からは直に冬の冷えが襲ってくるから確かに真冬がいるとぽかぽかしてカイロみたいであったかい。


(……)


その身体になんとなく腕を回してみると、ビクっと震える身体と小さく呻く声。


「…痛い?」

「…いたくないよ。……なれてるもん」


声とは裏腹に俺が今触った場所が少し遠ざかるように腰が引いたから、どうみても痛かったんだろうと思うけど、真冬は正直には言わないだろう。


さっき聞こえた音だけでも10回ぐらいは殴られたか蹴られたりしたはずで


…風呂で見た時も、首だけじゃなくて他の場所にも小さな痣はたくさんあった。


「わぎゃ!!…っぅう…痛…」

「ほら、やっぱり痛い」


わざとさっき触れた場所の近くを強く手で押してみたら、悲鳴のようなすごい声を上げてばたばたと離れた。
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