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付き合う、なんて本当に形式上のもので
人前では手も繋ぐ、笑って話もする。
抱きしめて甘い言葉だっていくらでも囁いてやる。

でも、それ以上のことはしない。

隣で嬉しそうに笑う女に何の感情もわかない。


…一度あの男の前でキスしてみせろと言われて無理矢理したけど、やっぱりその後吐き気が込みあがって、血が滲むほど唇を拭って口を漱いでも何かがそこにこびりついてる感覚は消えなかった。


別にキスなんて所詮皮膚と皮膚の接触だ。
したからって何かが変わるわけじゃない。

…現にまーくんと会うまでにも仕事で何度も色んな人間にしていた。気になんかならなかった。


さっきだって屋敷に来た女に媚びるために、取り入るためにキスをした。
自分に好意を寄せる女がいればいるほど有利になる。

後で何かに使えるかもしれないから有効な手段なのに、割り切ればいいのに…今まではそうできていたのに


なのに、どうして、



「…やはり、な。どうにもお前が戻ってきてからというもの、…様子がおかしいような気がしてな…もしや惚れこんだか、と思ってはいたが…」

「ッ、」



抑えられない不快感に堪えきれず水道で洗っていると
突然背後でそんな苛々とした声が聞こえて、驚きに心臓が跳ねる。
急いで振り返った。

俺よりも随分背の高い、着物姿の男の姿。…肩書上父親という男。


ぴらぴらと揺らして見せつける様に揺らされる写真がその手に掴まれている。

そこに映る懐かしいまーくんの姿にぐ、と唇を噛む。


「嗚呼、面倒だ。これは面倒だ。接吻程度でその度に洗ってるようでは話にならん。それもこれもコレに会ってからだろう。以前のお前はそんな風じゃなかった。まだ教育途中で未完成ではあったが、完璧な人形になれる経過をたどっていたというのに」

「……」


どうみても俺よりももっとずっと人形らしく整った顔で微笑むこの人間の子どもだと思うだけでも心底吐き気がするのに、この人はどうしても自分の思い通りの子ども…人形を作り上げないと気が済まないらしい。

無表情で見返す俺を尻目に、写真を見て顔を歪める。


「こんな薄汚れたモノの代わりなんかいくらでもいるだろう。屋敷内の犬ならどれでもくれてやるぞ」

「いりません」


ふざけるな。
見下すような軽い言葉に怒りが込み上げてくる。

まーくんに代わりなんかいない。
ましてや、誰かが代わりになれるはずもない。

はぁとわざとらしくため息を吐いたその人が馬鹿か、と罵る。


「一人の人間に固執すれば弱みになる。今だってお前はアレに囚われている。アレさえ人質に取れば何でもするようになっている。…弱すぎる」

「…弱くなってなんか、」

「お前が好きだと錯覚してるのは、ただ初めて優しくしてもらえた人間だからってだけだ。勘違いするんじゃない。お前にそんな感情はないんだ。間違いだ。自分に酔うな。ばかみたいな感情は捨てろ」

「っ、」


間違いじゃない。勘違いなんかじゃない。

一方的に決めつけられて吐き捨てられる言葉に苛立ちが胸の中で広がって、言い返そうと口を開いたその瞬間、その男がパチンと指を鳴らす。


(…――っ、)



その音と同時にぞろぞろと出てくる数人のスーツ姿の男達。
嫌な予感がして逃げようとすれば犬どもに身体を押さえつけられた。

いつもの部屋に連れていかれて手足を鎖で繋がれて首輪を嵌められる。


「再教育の時間だ」

「…っ、」


父親の怖いくらい無感情な顔。
ゾクリと背筋に思わず身震いするほどの寒気が走った。
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