23
次の日、驚いたことにまーくんは俺のことを忘れていなかった。
もしかしたら覚えていてくれてるかな、とか願ったりしていたけど。
…一回忘れられてしまった過去があるから、心に荒波を立てないためにもこれでもかってほど防御壁をたててその時に備えた覚悟もしていただけに少し拍子抜けした。…と、同時にかなり…安堵した。
「…女の人?昨日…うーん、…覚えてない。なんでだろ…」
「嘘だよ。昨日俺とまーくんは二人で、本当は誰にも会ってなかった」
「…え?!…あ、…蒼くん…もしかしておれのこと…揶揄った?」
「うん。困った顔をするまーくんが可愛くて、つい意地悪したくなっちゃった。ごめん」
む、と眉を寄せて拗ねたようにそっぽを向くまーくんの髪を撫でてご機嫌を取りながら、状況を把握する。勿論まーくんの記憶構造の。
「それにいつの間にか家で寝てたし…」と悩ましい表情で首を傾げる様子を横目で眺めながら、先程の会話で色々わかったことをまとめてみる。
まーくんの中には俺のことや他の大体の人間の記憶は残っている。
でも、昨日女に会ったことは覚えていないらしい。
…それだけじゃない。女の名前さえ覚えていなくて、まーくんの中ではあの人間の存在さえなかったことになっていた。
そして。
女に会った前後数日(大体だけど)の記憶も、全部丸ごと消えている。
…人ひとりの記憶が、こんなにもあっさりとまーくんの脳内から消去された。
「…良かった」
「…?良かった?」
「ううん。ただのヒトリゴト」
「なんか蒼くん、凄く機嫌良さそう」と少しまだぼうっとしたような感じで不思議そうな表情をする顔を見つめて微笑んだ。あー、やっぱり可愛い。癒される。
その言葉に、頷く。
「うん。これからもずっと、まーくんとこんな風に一緒にいられたら幸せだなって思ったから」
「…っ、へ」
もう一度よしよしと頭を撫でながら、自分でも自覚してしまうくらい緩み切っているだろう顔。
驚いたような表情で俺を見上げて、まーくんは少し頬を赤くして顔を逸らした。
…それにしても。
嗚呼、良かった。
最高の結果になった。
俺のことは覚えていて、女のことは忘れている。
…これ以上良い結果なんてない。
これでまーくんはきっとこれからも記憶を失くしたって俺のことを忘れない。
でも、まーくんに過去を思い出させようとした人間のことは存在ごと忘れられてしまうから。
俺が間違ってそういう行為さえしなければ、ずっとこの立ち位置でいられる。
「…、よ、よくそんな恥ずかしい台詞をさらっと…俺も、蒼くんといれて嬉しいけど…」とぶつぶつと俯いて文句みたいなことを呟くまーくんの手を軽く引いて、学校に向かった。
その後、更に都合の良いことが発覚した。
記憶はないはずなのに、多少何かが感覚的に残ってはいるらしい。
周りの人間に少しだけ怯えるようになった。
でも、そんな自分自身の変化にまーくんは気づく素振りもない。
…これで、今まで以上に色々とやりやすくなった。
「…まーくんには、俺だけいればいい。他はいらない」
呟いた声は、何故か少し震えているような気がした。
そして、その一か月後…俺は計画を実行した。
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