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黒色のソレはきめ細やかな白い肌によく映える。
本当は首輪もしようと思ってたけど、まーくんを犬扱いしたいわけじゃないからそこまではしないことにした。
…用意は一応してあるけど。


「なんか、本当にどこかの国のお姫様みたい」


ちょっと危ない系統の国っぽい。


「…っ、やだ、蒼…っ、おれ…っ」

「…逃げようとしなければ、俺は優しくしてあげられるよ」

「…、なんで、」


こんなこと、とその小さな唇が動揺を露わにしながら言葉を形作る。

柔らかな頬に触れれば、びくりと怯えるように震える身体。
戸惑うように揺れた瞳が、じっと瞳を覗き込む俺を見つめ返して、ふいと逸らされる。
逃がす気は勿論更々ない。


ぽろりと涙がやわらかな頬を伝った。
少し伏目がちな瞳の睫毛に、透明な涙がくっついていた。


(…泣い、てる…)


綺麗だと思う反面。
そのことに意外に結構心的打撃を受けながら、それを顔には出さないように必死に取り繕った。


鎖を撫でて、その肌に口づける。
触れた唇越しに震えているのがわかって。
涙を指で拭えば、怖い、という感情を触れた瞬間にビクっと大きく肩を震わせることで伝えてきた。


何をそんなに怖がっているんだろう。
もう何も恐怖に思うはずの物はないのに。


…俺が、怖がらせてる…?


何も言わずに連れてきたから。薬で眠らせたから。家を確認せずに売ったから。脚を動かせなくしたから。鎖で繋いだから。


…思い当たる点がありすぎてどれがそんな顔をさせてしまったのかわからない。



「最近ずっとまーくん眠り続けてたから汗かいてない?一緒にお風呂入ろうか。」

「…っ、や…」


洗ってあげる、と抱きかかえようと手を伸ばした手を悲鳴交じりの小さな声と同時に避けられる。

…でも、やはり睡眠薬による長期間の寝たきりのせいで筋力の落ちた身体はうまく動かせないらしい。

後ろに下がろうとしたのか、身体を起こそうと床に腕をついたまーくんの肘がかくんと折れて、ふらりと傾いた。


「…っ、と」

「ッ、ぁ…」


頭を打ったりしないように腕を伸ばして抱き留める。
触れた場所から温もりが伝わって、逃がさないようにと腕に力を軽く入れて優しく包み込んだ。
後頭部に回した手でぎゅっと自分の方に押し付ければ、近くに呼吸を感じる。

…嗚呼、温かい。
まーくんの抱き心地は凄く良くて、ずっと緊張していた感情が緩む。
心の底から安心できた。同時に、酷く胸が熱くなって視界が歪む。



でも、その瞬間
「ぁ、やめ…っ、嫌だ…」と泣きそうな声に拒絶の言葉が耳に届いた。
力の入らない身体にばたばたとか弱い抵抗をされて、ほとんどこっちも力を込めてなかったせいかすぐに身体は離される。


酷く戸惑ったような表情で、きゅ、ときつく唇を結んでいる。



「…そんなに、俺に触られるのが嫌?」

「…ちが…っ、違う、…けど。…そうじゃなくて、なんで…おれ、…なの…?」

「……」


…その答えがわからないのは、まーくんが全部忘れたからだよ。
でもそう返答するわけにもいかないので、結局俺の答えは酷く曖昧なものになる。



「…まーくんが、望んだことだから」



それと、俺が望んだこと。



「…なに、それ…?…おれはこんなことしてくれなんて言ってない…っ、だから早く家に帰して…っ」

「…っ、」



手を動かして必死に身体を動かそうとするまーくんの行動はまるで意味を成さず、空しい鎖の音だけが耳に届く。その身体に軽く羽織らせただけの着物はすぐに乱れて肌を晒していた。


そして変わらず言葉にされる俺への否定の言葉。
反射的に表情を見られないようにと顔を隠すように俯いた。



「…怖がらせたなら、…ごめん」

「…っ、だったら、」


「まーくんが嫌がることはしないから。………もし、まーくんが俺のことを…嫌いになったんだったら、怖いって思うなら、…もう傍に近寄らない、から」


だから、ここにいて。

無意識に懇願するような響きが声に含まれて、…嗚呼やっぱり俺はどうしようもない人間なんだと改めて自覚してしまう。
こんな言い方したら、…拒めるはずないってわかってるのに。


そうやって狡い俺はまーくんの弱みにつけこんだ。
俺のことを嫌いじゃないなら、一緒にいてほしい、…と。

以前は二人一緒の願いだったはずなのに、今は俺だけの願いになって…もうその約束したことすら記憶にないまーくんに己の望みを押しつける。明らかに一方的な願望の強要。

何も知らないまーくんからしたら、許せることじゃないのかもしれない。

だから、その代わりにってわけじゃないけど、望むことはなんでもしてあげたいと思った。


…なにをしよう。
どうすれば喜んでくれるだろう。
何をすれば自分と一緒にいて楽しいと思ってくれるようになるだろう。
以前のようにずっと一緒にいたいって思ってくれるようになるだろう。

色々考えて、試してみた。


「まーくん用の特別な着物を作ったんだ。着てみて」

「沢山料理作ったんだよ。一緒に食べよう」

「人形とか玩具とか沢山持ってきたから、全部あげる」

「今日は外に行ってみようか。空が綺麗だよ」


…なのに。


(…どう、して…)


まーくんが何をしても笑ってくれない。

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