8

***

次の日

浅い眠りの中で漂っていると、突然身体にトン、と軽い衝撃が走った。

瞼を開ける。

初めにまーくんの泣きそうに潤んだ顔が瞳に映った。
…既にその涙は形になってシーツに流れている。

胴に腕を回して抱き締めている俺に離して、と掠れた声で必死に胸を手で押して遠ざけようとする。
でも、力が入ってないからその行動はほとんど意味を成していない。


「…また、泣いてる」

「…っ、だって、」


反射的に何かを言おうとして、でも俺と口を聞きたくないのか途中で唇を結んで顔を背けた。


「……わかった」


息を吐く。
その身体から腕を解いて、身体を起こした。

今はまーくんの鎖を外しているからその手足には何も嵌められていない。
だから逃げようと思えば簡単に逃げられるだろう。

でも、昨日の長時間の行為によって酷使した身体にとってそれは確実に無理なことだと分かっているから何も言わずに頷いた。


「…っ、…っ、」

「……」


ああいう激しい行為をした次の日のまーくんは、いつも後悔しているように辛そうな表情で涙を零す。

涙を拭ってあげたいと思うのに、…今それをすれば確実に更に泣かせてしまう。それがわかっているから俺にはどうすることもできなくて、

反射的に伸ばしかけた手を握って、…おろした。


俺とは反対方向を向いて、ベッドの上で横になったまま静かに泣くまーくんから離れた場所に腰を下ろした。


遠目からでもわかる。
震えている肩と、時々聞こえる嗚咽交じりの声。


…それを見て、胸が痛まないわけじゃない。
そこまでおかしくなれたらきっともっと楽だった。



「…ちょっと待ってて」


少し悩んだ末。

やるせない感情に胸を痛めながら、立ち上がって背を向ける。

障子を開け、別の場所からある物を取ってきて部屋に戻った。


「……」


…なんて、声をかけよう。

手に持っているものに視線を落とす。
あんなことをして泣かせた俺に、どれだけ考えてもうまい言葉なんかみつかるはずもなくて

さっきと変わらず壁の方を向いたままの背中に、結局ありきたりな言葉をかけた。


「…まーくん」

「……」


呼びかける声に答える言葉はない。
でも、その背中が小さく声に反応して震える。



「遅くなってごめん。…誕生日おめでとう」

「…………、…え…?」

「甘い物、好きだと思って。…だから、少し砂糖多めにした、から」


変にたどたどしくなってしまう口調を自分でもおかしく思う。
俺なんかに祝われたくないかもしれないけど、と心の中で付け加えた。


良かったら食べて、と机の上にケーキを置く。



朝、作って冷蔵庫にいれておいた。

…本当は今日がまーくんの誕生日ってわけじゃない。
2月28日は結構前で。
できれば当日祝いたかったけど、…それどころじゃなかったから。

とりあえず、何かしないとという義務感に駆られて一応作ってみた。


…でも、うまく作れなかったから見せるのもやめようと思ってたんだけど、それでもやっぱり…まーくんの生まれた日だから…せめてお祝いっぽいことをしたくて、


「……」

「…どうかした?」


驚いたような声を上げて振り向いたまーくんが、机の上に乗ったソレを見つめたまま微動だにしない。
警戒してるのかと思って、先に「何も変な物いれてないから安心していいよ」と微笑んだ。

ああいや、違うかもしれない。…俺の作ったものだから、食べたくないのかもしれない。


(…こんなことをしても、まーくんが喜ぶはずないのに)


何してるんだろう、と思い直して「…やっぱり、やめようか」と机にのったものを片付けようとした。


するとさっきまで一言も発さずに固まっていたその表情が変化する。
首が大きく横にふられて、「…けー、き…?」と微かにその唇だけが動いた。

うん、と頷けば、ベッドに手をついて少しだけ身体を起こした。
その瞬間、苦痛の表情をして呻く。


「…っ、ごめん…、ちょっと、おろしてもらってもいい?」


腰が痛むのかうまく身体を動かせないまーくんを抱き上げて、机の前の床におろす。
すぐに離れようとして、でもそれを妨げるように服の裾を引っ張られた。

俺の服をぎゅ、と掴みながら、少し着崩れている着物に目もくれずにケーキに向けられていた視線がこっちに移動した。その綺麗な二重の目が、瞬く。


「蒼が、作ってくれたの…?」

「…うん」


信じられない、と思ってるのが明らかな表情で、2時間くらいかけた作った「Happy Birthday ,まーくん」というチョコプレートと猫の形の砂糖菓子が乗ったホールケーキを見つめていた。
…その喜んでくれているのか判別しづらい難しい反応に、どう反応していいのか迷って同じものを見つめる。


「…そっ、か」

「っ、」


少し音を途切れさせて、頷く声。
その声に引き寄せられるようにまーくんの方を向いて、息を呑んだ。


「…おれの、ために…作って、くれたんだ…」


睫毛が震えて、その瞳からは大粒の涙が零れている。
戸惑う俺に対して、まーくんは嗚咽を漏らしながら両手で顔を覆って涙を拭った。


「…っ、ひ…っ、なんで…?」

「……なんで、って」

「なんで、祝ってくれるの…?」


肩をか細く震わせて予想外にも泣きだしてしまった。
その尋ねる声にどうしたらいいかわからずに、言葉を失くした。
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