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何故と聞かれてもただ祝いたかったからとしか答えられなくて、…多分まーくんが期待している答えはそんなものじゃないと知っているから尚更何も返せない。


「蒼は、狡いよ。…こうやって俺を閉じ込めようとするくせに、酷いこと、するのに…こんなこと、して…っ、」

「……」

「昨日はあんなに、嫌だったのに…、…こういうことしてもらって、…嬉しく、なっちゃう、から…っ、」


「ほんと、ばかみたいだ…」とキツく結んだ唇から、嗚咽まじりに詰るような言葉が浴びせられる。
でも、突き放すような台詞とは逆に、服の裾を掴む指は握ったまま離されない。


「……………、あり、がと…」

「…うん」


「ありがとう…、っ、」もう一度そうお礼を言って、珍しく胸に顔を埋めて抱き締めてきたまーくんが俺の服をぎゅうと掴んですすり泣く。

何をしても傷つけそうで、抱きしめ返すこともできずにその髪を躊躇いながら柔らかく撫でた。


「…こんな気持ちになるくらいなら、いっそのこと蒼を…嫌いになれたら良かったのになって、思うよ」

「……」

「…なのに、…どうしてもなれないんだ。なんでかな…」


わかんないや、と呟く声。
それは、自分への問いに対して持て余したような苦笑まじりのものに変わる。


「…ごめん」

「…、蒼は、いつも俺に謝ってばっかりだね…」


何に対して謝っているのか自分でもわからない。
多分、全部にだったと思う。

謝るぐらいなら最初からやらなければいいのに、と自分の言葉に内心呆れる。
「今はなんかへいき、だから…」だいじょうぶ、と微かに浮かべられる笑顔に胸がぎゅううと激しく締め付けられた。
指で髪を梳きながら、その体温を感じる。
さらさらとした綺麗な髪にそうして触れているとくすぐったそうに目を閉じた。


「…あ、えと、あのさ…前みたいに一緒に食べさせあいっこしない?」


機嫌が良いのか久しぶりに口数が多い。

しばらくしてパッと顔を上げて、泣き腫らして目の縁を赤くしたまーくんがそう首を傾げる。
「あ、でも甘い物だめなんだっけ…」とすぐに残念そうに頭を垂れるのを見て、「俺もそういう甘いの食べられるようになったから、一緒に食べようか」と微笑むと、嬉しそうに頷いた。


「じゃ、じゃあ最初に、いただきます…」

「うん」


いつもなら食べることすら拒否するのに、今日は自分からスプーンを手に取ってはむ、と口に含んだ。
喉がごくんと上下する。
少し緊張しながら反応を待っていると、ふわりと頬が緩む。


「おいしい…」

「…良かった。まーくん、昔からそういう甘いもの大好きだったよな」

「うん。クリームとか特に好き、かも」


自分の味覚があまり当てにならないから、良い反応が貰えてほっと息を吐いた。


「…まーくんの笑った顔、久しぶりに見た」

「…そう、かな…?」


首を傾げて、すぐに照れくさそうな表情をして「…っ、そ、そんなことはどうでもいい、から。蒼も早く食べて」という少し強めの口調でスプーンにのせられた、果物とスポンジの上にあまりクリームのつけられていない部分が差し出される。
…甘いところがそんなにないから、そこまで抵抗なく食べられそうで少し安堵。



「…ん、」

「蒼がケーキ食べてる姿って、ちょっと新鮮かも」

「…うん。滅多に食べないから」


…というか、甘い物自体かなり久しぶりだ。
まーくんの誕生日とか、一緒に食べようって言われた時以外に食べた記憶がない。


「食べさせあいっこ」というまーくんの要望通りに俺もスプーンにのせて差し出すと、ぱくりとケーキを食べて微かに綻ぶ顔。
…普段なら、一緒に食べるどころか俺が部屋にいるのも嫌がるから、…まるで夢を見ているような気分になってくる。


泣いてるか怖がっているか、そんな表情しか…なかった、から



(…もしかしたら気づいてないだけで、俺はもう死んだのかもしれない)



何度も今までそう思ったことがあるから余計にこれが嘘なんじゃないかと疑いたくなる。

本当はあの日、殴られた日に俺は死んでいて、…まーくんと再会できたこと自体が現実じゃない、…とか。
…それならまだいい。最悪、最初にまーくんと会えた日のことすら幻想だったってことがあるかもしれない。

俺は冬の寒い日の夜、凍死して一人で死んだ。
そしてずっと生きていると勘違いして、死後の世界を彷徨って、棺桶の中で叶えたかった夢ばかり見ている。


…だから、現実のまーくんは監禁されてこんな風に苦しんだり泣いたりすることなくて、他の人間たちと幸せそうに笑って…生きているんじゃないか、なんて

そう考えてしまうほどあまりにも今の光景が現実離れ過ぎていて、そんな気がしてくる。


「…なんか、昔に戻ったみたいだね」

「…昔?」

「うん。…俺と蒼がまだ一緒に学校、…通ってた時」

「……」


懐かしそうに、少し切なそうに瞳を伏せて呟く。
何も答えずにただもう一度口の中に放り込まれたクリームの綿のような感触を味わっていた。


何度か繰り返した後、まーくんが「もうお腹いっぱい…」と疲れたように息を吐きながら、甘えているような感じでこてん、と肩に頭をくっつけてくる。

…本当、珍しい。そういうことをしてくるのは、こういう関係になってから初めて、だと思う。
そうした行動が、凄く可愛らしくて、でも同時に違和感が強くてどうしていいかわからずにうまく反応できない。

「口端にクリームついてるよ」と少し苦笑しながらクリームを指でとって舐めると、小さくお礼を言う声。
…本当、まーくんは変わらないな。成長したのに、まだ小さな子どもみたいだと思うことがある。


その唇が動いて、ぽつりと呟く。



「蒼の誕生日…っていつ?」

「…秘密」

「そう言って、前も教えてくれなかった」

「…そう、だったかな…」



わざと忘れたふりをして、はぐらかした。



「うん。どうして、…?」


「…どうして、って、」



言葉を濁す。



”おれといっしょのおたんじょーびにしない?”


耳に残る幼いまーくんの声。


でも、そう言ってくれた本人は忘れてしまった。
くれた人が覚えていないのに、俺だけがそれを残していていいはずがない。


…そうわかっているけど。
どんなに聞かれても話さなかったのは、これだけは言わずに思い出してもらいたかったのかもしれないって今更自覚した。


それだけ、誕生日のことは俺にとって凄く嬉しいことだったんだよ。


…なんて、そんなことをまーくんに言えるはずもなくて、




「理由なんてないよ。…なんとなく、言いたくなかっただけだから。」

「…っ、なんで、そんな顔、」

「……?」



(……顔?)


何?と尋ねれば、何故かその眉を八の字にしたまま俺の問いには答えずに視線を逸らして唇を噛む。
よくわからなかったけど、聞かれたくない雰囲気だったから息を吐いて気分を切り替える。

…変に問い詰めてさっきまでの空気を壊したくない。



意識的に表情を緩めて、もう一度その言葉を伝えた。


「改めて、誕生日おめでとう」


…まーくんの幸せを奪って生きている俺が、そんなこと言っていいはずがなかったのに。

―――――――――――――

自分でも、どうしたらいいかわからないくらい

………その存在を求めてしまった。
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