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いつになったら分かるようになるんだろう。

それすらもわからなくて、迷子の子どものような感情がずっと胸の中で渦巻いている。

そんなわけで、なんで…なんて考えても無駄な理由を追い求めるより、どうしたらまーくんの全部が俺のものになるかなって…考えるようになった。

でもそれは…ずっと前に、不可能だと知ってしまったから。
だから、もし一回でも罪悪感に負けた俺がまーくんを外に出せば、きっと逃げられてしまう。
他の人間に助けを求められて、一生俺のところに戻ってくることはない。

…そうに決まってる。あんなに嫌なことをする相手のところに留まりたいと思うはずがないんだから。

腕にそっと触れる手。


「なんで、震えてるの…?」

「さぁ、…なんでだろうな」


…俺にも、分からないよ。

耳元で囁かれる声にそう小さく返す。
後頭部に回した手で強く抱きしめて、その髪に顔を埋めた。
…まーくんの香りがする。
よりその体温を感じたくて、更に抱きしめる力を強めて密着度を高めた。

…でもその行為は次に聞こえた言葉によって、止まる。


「…おれがいるから」

「…っ、まー、くん…?」

「……ずっと、蒼の傍にいる」


だから、そんな風に泣きそうな顔しないで、と背中に回した腕でぎゅっと抱きしめてくる。


「…(…え、)」


思考が停止する。
驚愕して、胸が震えた。

(…泣きそう…?)

別に泣きたいとは思ってない。その時だって自分の涙腺が緩んでるとは思わなかった。

って、いや、違う。そうじゃない。

俺が今戸惑ったのはそのことじゃない。

なんで、


「…っ、」

「あおい…?」


気づけば、拒むように身体を離していた。

突き放すように手で強く押す。
言ってくれた言葉に、歓喜よりもむしろ疑惑の感情が湧き上がる。

心の動揺を映し出すように瞳がゆれて、そんな俺にキョトンと目を瞬く顔。
少し、警戒するような声が零れる。


「…まーくん、最近何かあった?」

「…え?」

「やけにおとなしくなったし、そうやって自分から俺に触ってこようとする、から…」


おかしい。こうして家に連れてきた日からずっと俺から離れようとしていて、元の関係に戻りたいってそればっかり言ってたのに。

…やっぱり何かが変だ。


「…なんで、そうやって俺を慰めようとするの」

「なんでって、」


ずっと傍にいる、なんて…まーくんが言うはずない。


「そういうことされたって俺は何も返せないし、解放したりできないよ」と警戒心を露わにして、目の前にいるまーくんが偽物じゃないかを探るためにじっと見つめてその違和感の要素を探す。

…きっと、どこかに偽物だという印が絶対にあるはずで、

なのにまーくんの形をしたその人間は、憂いを帯びた瞳で俺の頬に手を伸ばしてくる。


「……だって、…ずっと泣きそうな顔してるから」

「…っ、してないだろ、俺はそんな顔…してな」

「してるよ。」


言葉を否定するようにいつもより少しだけ強くて、でも寂しそうな口調。

気遣うように微かに頬に触れる手。
その感触に、ビクッと反射的に肩を震わせて身を引いた。


「っ、」

「蒼は、いつも苦しそうな顔をしてる。…俺を、ここに連れてきて…閉じ込めるようになった日から」


ぐ、と息を呑む。
優しくしないで欲しい。
そんな目で、俺を見ないで。


…違う。これは違う。

これは、まーくんじゃない。まーくんがおかしくなった。まーくんじゃなくなった。変になった。壊れてしまった。

…だって、こんな風にまーくんが俺に優しくなるなんて…あり得ないことなんだから。


なのに、


「どうして、毎日蒼は怪我をしてるの?昨日よりも増えてるのは、」

「…そんなこと、まーくんが気にすることじゃないよ」

「…っ、何かあったなら、俺にも言って」


本気で心配そうな瞳で見上げられて、言葉に詰まる。
狼狽えて、不意によぎる疑念。


「…、誰かに」


言いかけた言葉を切って、口を噤む。


(…誰かに、そう言えって言われた?)


そう問いただしたくなった。

知らない間に何かを吹き込まれたのか。
俺を懐柔すれば逃げられるようになるとでも、唆されたのかもしれない。

…ずっと一緒にいたんだからそんなはずないってわかってるのに、どうしてもそれ以外にまーくんがこんなことを言いだす理由が思いつかなかった。


視線を逸らす。


「何にもない。もういいよ、そんな話」

「…っ、」

「…身体も冷えるし、そろそろベッドに戻ろうか」


じたばたと抵抗する身体を無理矢理抱きかかえて、ベッドの上に戻す。


「蒼…っ、待って、なんでいつも、…ッ?!」


腕を掴んで引き寄せ、何かを言おうとする唇を強引に塞いだ。
言葉が途中で途切れる。

驚愕したように息を呑んで開く唇の隙間から、舌を割り込ませた。
零れる吐息。
冷たくなっているだろう瞳を隠すために、いつもより執拗なキスで自分の顔を見えなくさせる。


「…ッんん…ッ、は…っ、やめ、…っ」

「……」


抵抗するように肩を掴んで軽く押された。
…そんな力で俺を拒絶しようとしても、全く意味がないって前から散々言ってるのに。

唇を離す。
息を荒くして瞳を潤ませながら、少し不安そうな表情を浮かべるまーくんに優しく微笑んだ。


「…本当にまーくんが俺のことなんか気にする必要ないよ。ありがとう、心配してくれて」

「…ッ、」


そうならないように意識しても若干キツくなってしまった声音に怖がらせてしまったのか、その顔が泣きそうに歪んだ。
見なかったふりをして、元通り手足に鎖をつける。

「おやすみ」と半ば強引に何かを言いかけようとするまーくんの額に唇を落とす。
そして、逃げるように身を翻して部屋を出た。

――――――――

嗚呼、胸が苦しい。
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