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……どうせ、今逃げようとしたって蒼の下で働く人たちに捕まるに決まってる。
この屋敷の人には、顔を覚えられているのだから、逃げたって無意味だろう。
それどころか、蒼の機嫌を損ねるだけだ。
…それに、うまく言葉にできないけど…こんな状態の彼を放っておけなくて、離れたらいけないような気がした、から。
そんなことを考えて、ため息をついた。
「…(それよりも、)」
あの男の言っていた”彼女”。
”彼女”という言葉を聞いた瞬間に表情を変えた蒼。
(……きっと、俺が知らない何かがあるんだろう)
でも、それは俺が聞けることじゃない。
…蒼のことは好きで、
でもそれは恋愛感情とかではなく、友達としてで、力になりたいとは思う。
……その、ヤるとか、そんなんじゃなくて。
そういうのをなしにして、ただ、何か嫌なことがあるなら力になりたいと、…そう思う。
「……」
ふと、脳裏に蘇る記憶に眉を寄せた。
…蒼は俺のことが好きらしい。
(…それは、恋愛感情で…?)
…考えて、違うな、と思った。
蒼も多分自分でわかってない。
彼が俺に抱いているのは、きっと恋愛感情ではなく、別の――、
僅かに心当たりのある思考をめぐらせて、その綺麗な黒髪に触れようとしたその時。
ガラリと扉が開いた。
「蒼、ここにいるの?……あら…?」
「…――え」
想像もしない、思ったより少し高めの声に驚いて身体を起こし、そっちを向く。
………高そうな着物を着た20代くらいの綺麗な女の人が、扉の傍に立っていた。
化粧もそこまで厚くなくて、見た瞬間に綺麗だと思った。
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