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よろめきながら、怪我をした身体を庇い…ふらふらとその部屋に向かう。
荒い息を零して、熱く火照った身体から汗や血を廊下に落として、…それでも、進んだ。


(…ッ、確かめないと)

怪我のせいではなく、すぐに足が鉛のように重くなってずるずると歩みをやめようとする。


見たくない。
あんなもの、見たくない。

それでも、まだあの映像が本物だって信じきれなくて、
もしかしたら椿の作った偽物かもしれないって言い聞かせて、


そして、

その部屋に、たどり着いた


瞬間、


「…っ、おれは、それでも…ごしゅじんさまのことが…っ、すきです…ッ」

「…ッ、」


引きずるようにして動かしていた身体が、ぴたりと止まった。


(…この、声)

ずっと求めて、焦がれて、大切にしたかった人の声。


だけど、それは、望んだ言葉は他の人間に向けられていて、

ぐらりと傾きそうになる身体を支えきれず、思わず壁に肩を預けた。


「……、はは、」


微かに零れた息。
ひゅっと変な音が喉から漏れる。


…嗚呼、死ぬ。


世界が歪むなんてものじゃない。
そんな軽い表現では済まされない。
息を吸うのさえ、ままならなかった。

腕が、身体が、大げさなほどに震えて止まらない。


本当は全力でここから逃げ出したいのに、それでも足はゆっくりとその部屋の前へと歩き出す。

死ぬ気がした。

こんなの見たら、俺はきっと心が裂けて死んでしまう。
ばらばらになって壊れるような…そんな、予感がした。

そして、
よくあの人の部屋を通った時と、同じ音が響くその室内に目を向けて、


「…――――ッ、…」


息を、呑む。
まーくん、と唇を震わせて呼べば、バックで挿入されて喘いでいた声と、…動きが一瞬止まった。


…俺の言葉に、反応してくれたのかな。


瞳に映る、場面。

ほぼ裸の状態で、後ろから突っ込まれて揺さぶられていたのが容易に想像できる光景だった。
床に散乱している数個の注射器と、飛び散っていた白いモノに視線が移る。

椿の視線がこっちを向くのがわかった。
でも、そっちには瞳を向ける余裕はない。


「……」


…ただ、声もなく…見ていた。
まーくんの姿だけが、瞳に映って離れなかった。


窓と明かりがないせいでほとんど真っ暗なこの室内で、はっきりと見えるわけじゃない。


でも、なんとなくわかる。


コンクリートでざらついた部屋の中でぼろぼろって表現しかないくらい傷ついて、犯されて、まるで性欲処理道具みたいな状態で手足を鎖で繋がれている、まーくんの姿。


…俺が、よく他の人間にやっていたのと同じように。


(…嗚呼、でも身体に傷をつけなかっただけで…まーくんにしたことと他の人間にしていたことって同じだったんだろうけど)


こんな状況なのに、脳はやけに冷静で自分でも驚く。
監視映像で多少の心の準備ができていたからかな。


「……、」


何かを話そうと唇を動かして、でも息が詰まって何も言葉が出てこない。
その光景を静かに見つめる瞳だけが感情を隠せずに揺れて、できることはそんなことぐらいだった。
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