8
まーくんが目の前にいる。
手を伸ばせば、抱きしめられる距離にいる。
でも、俺が距離を縮めようとすればするほど更に瞳から零れる涙は、…嗚咽は酷くなるばかりで、近づくことさえできなかった。
涙と一緒に突き上げてくる呼吸を唇を堅く結んで押さえているような表情は、くしゃりと一瞬で崩れる。
「蒼に…っ、蒼に酷い事ばっかりして…っ、それで…っ、それで…、ごしゅじんさまのそばにいて…っ、だから…っなのに…っ」
俺の方が、酷いことをしたのに。
…誰に何をされても、結局自分を責めて。
「…だれかに、そばにいてほしくて…っ、そばにいてほしいのに…っ、おれは…っ、その人の望みをかなえることすら…っできなくて…っ、ぁ゛あ…ごめんなさい…っ、ごめんなさい…ッ、」
また、何度も謝って謝って謝って、
ごめんなさいと叫んでいた。
まるで誰に許されたいのかもわからないのに生きてること自体が罪だと言うようにまーくんは顔を覆いながら泣きじゃくって、涙を零した。
(…嗚呼、変わらない。)
やっぱりまーくんのままだと、改めて感じる。
昔のままずっと時を止めているように。
…自分を責め続けて、いつも泣くんだ。
親に叱咤された幼い子どものような泣き方で、それこそ過呼吸になりそうな程泣いている姿を見ていられなくて、思考するより前に腕を伸ばした。
「まーくん…っ、」
「…っ、ふ、ぅ…ぁ゛…っ…」
「ごめん…っ、ごめん…っ」
ごめん。
何度も、叫ぶようにして呟いた。
抱き寄せれば、振り払おうと身を捩ろうとして無我夢中で暴れようとする。
…でもそんなことさせないようにとキツく抱き締めた身体から、酷い震えが伝わってきて。
ずっと前に抱きしめた時より、随分痩せて細くなった身体。
髪を撫でれば、痛そうな声が腕の中で漏れた。
もう俺のことなんて嫌いで、近づきたくないかもしれない。
もしかしたら、こうされること自体本気で嫌かもしれない。
…それでも泣きながら謝り続けるまーくんを放っておくことなんかできなかった。
他に方法を知らなくて、昔やっていたように優しく抱きしめて「好きだ」と震える声で伝えた。
だけど、きっと今の状態だと俺の言葉なんて信じられないだろう。
「……」
…視線をずらせば、椿が酷く楽しそうに唇の端をもちあげてこっちを見ている。
それに
まーくんだってさっきからずっと涙を目に浮かべて、嘘つきとこっちを睨み付けているのに
そのはずなのに、
(………俺じゃ、ない。)
言葉は俺に向けられているのに、まーくんが意識しているのも気にしているのも、ずっと椿だった。
ズキリ、とまた感情を通して胸に痛みが走る。
それでもずっと会いたかったから、触れたかったから、こうしていられるだけで充分に幸せで…後頭部に回した腕で、更に強く腕の中に閉じ込めた。
「…っ、」
勘違いかもしれない、気のせいかもしれない。
…でも、なんとなく服の裾を小さく引っ張られたような気がして、なんとなく受け入れてくれたような気分になって内心ほんの僅かに視界が滲んだ。
お互いにぼろぼろで、傷だらけで、抱きしめていると激痛が生じる。
そうして触れ合うことで生じる痛みなんかどうでもよくなるくらい、すぐ傍にその存在を近くに感じたかった。
繋いだ手にきゅ、と力を入れる。
少し身体を離して濡れた傷だらけの頬に触れてみると、自然と吐息混じりの笑みが零れた。
「…嗚呼、やっぱり久しぶりに見るまーくんの顔はすごく可愛いな」
「…ぅ…ぅ゛うう…っ」
そう呟けば、驚いたようにこっちを見上げるその潤んだ瞳から零れる涙の量がまた増えてぼろぼろと手を濡らした。
本当は幸せにしたかったはずなのに、泣かせてばっかりで…結局笑顔なんてほとんど見られなかった。
…それに今もこうして俺と椿の板ばさみになって、
そのせいでこんなに泣いて、
俺を殺せないから椿にも認めてもらえない。
(……また、俺が苦しめてるんだ。)
こっちをじっと見上げてくる泣き腫らした瞳にどうしていいかわからなくて、持て余す感情のままに目尻を下げて微笑んだ。
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