5

また、だ。


「…ぅ、う゛…っ、ぁ゛ー…」


鼻水まで出てくる。
…もう、ほんと、とまらなくて、
くーくんのそんな顔、見たことなくて、見た瞬間に心臓がぎゅうううって呼吸が止まりそうな程痛くなった。


「は、は…っ、まーくん、泣きすぎて顔ぐちゃぐちゃ、」

「…、っ、」


可笑しそうに笑みを零して、ぐい、と手で頬をもう一度拭われる。

…それでも、そうやって泣きそうな顔してるのに、
なのに、やっぱりおれみたいにわかりやすく泣けなくて、
それがわかって、苦しくて、また目から溢れる涙の量を増やした。

庇護欲にも似たものが、込み上げてくる。


ほとんど今にも泣きそうな顔で、でも頑張って笑顔を作ってるその頬に、両手を伸ばしてそっと包み込んだ。


「…あのね、おれ…くーくんだけ、だから」

「……まー…くん、」

「好きに、なる人…っ、く―くん以外に、ありえないんだよ」

「…っ、」


へへ、と掠れた声で笑ってみる。
嗚咽交じりで、凄く言葉も途切れたけど、思ったままを伝えた。

そうすれば、おれと向き合う綺麗な顔がさっきよりもずっと、酷く幼い子どものようにくしゃりと歪む。
あんなに普段大人っぽいから、その変化に余計にこっちの方が泣き叫んでしまいたくなった。


「…くーくんは、泣きたいの、我慢してるの…?」

「…我慢、してるわけじゃないんだ」


ふ、と零した笑みとともに、その瞳が暗く翳る。


「……俺も、涙が出ればいいのに」


「なんで、かな」と戸惑いを通り越して、諦めを含んだ声。
そうぽつりと言葉を零して、寂しそうに微笑んでいた。


「所詮、あの人の言う通り…俺は人形だったってことなんだろうけど」

「にん、ぎょう?」

「…でも、まーくんといると…こんな自分でも色んな感情があるんだって実感できるから、…凄く、幸せだと思うよ」

「…っ、」


よしよし、と頭を撫でる手に、堰を切ったようにもっと大量の涙が洪水のように頬を伝っておちていく。
ぎゅ、と握った拳を地面につけたまま、下を向いてぼたぼたと畳に歪な円形の染みを作った。

ずっと涙を口の中に通していた唇を噛む。


「……(…どうして、)」


どうして、
おれは、なにもできないんだろう。

いつも、いつも沢山慰めてもらって、沢山幸せな気持ちにしてもらって、おれだけ…その分だけの量返せてない。


「…っ、ぅ、う゛ー」

「あー、また泣いた。…本当に、まーくんは泣き虫だな」

「ぅ゛ー、ひっく、ぅ、」


幼稚園児みたいに泣きじゃくって、そうやって泣くだけの無力な自分が情けない。みっともない。

だけど、


「…っ、ね、一緒に、いて」


その優しい腕に、身体に、手を伸ばしてぎゅ、と掴む。

俯いたまま、懇願するように縋りついた。
服を掴んだ指先が真っ白になるまで、強く掴んで、震える。


「…おれ、くーくんがいないと、だめ、なんだよ。くーくんが、いてくれないと、…っ、ひ、ぅ…」


生きて、いけない。と嗚咽交じりに本音を吐き出す。

こんなにしてもらってるのに、くーくんを心の底から笑わせることも、泣かせてあげられることもできないけど

それでも、傍にいてほしくて、

抱き寄せられて、「…俺もだよ」と耳元で囁く声。
ぶんぶんと首を振る。

多分くーくんよりも、もっと、ずっと、ずっと、ひとりじゃ、だめで、


「おれだって、くーくんといっしょ、だから」


…会うまでは、こんなふうに楽しいって思ったり、嬉しいって思ったりしなかった。

声をあげて、泣いたことなんてほとんどなかったのに。

どんなことでも、笑って受け入れることなんて簡単にできたはず、だったのに。


「大丈夫。…だいじょうぶだよ。俺が、いるから」

「……っ、ぅ、」


抱き締められたまま、耳に届く低く掠れた声が心地よくて、


「傍に、いるから」

「…うん…っ、」

「俺が、ずっと傍にいて、まーくんを一人にしないから」

「うん、うん…っ、…ずっと、いっしょに、いたい」


おれと同じで震えている声に、コクコクと何度も頷いた。

少しだけ、離される身体。
こっちを見下ろすくーくんが、囁く。


「約束しよう、まーくん」

「やく、そく?」

「もう二度と、絶対に離れないって…約束」

「…っ、…う、ん。する…」


差し出された小指。
そっと、指を絡めようとして、

ぐらり、と目の前の手が、身体が、大きく揺れた。


(…――え?)


触れることなく通り過ぎていく指に、目を見張った瞬間、
どさり、と被さるようにして倒れ込んで、きて、
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