12
その声音が、目が、粘ついたような気がした。
強い力で無理矢理立たされる。
「…痛…っ、」
掴まれた腕を引っ張られた。
他の人に助けを求めようにも、誰もいなくて、
方向を変えて足を進めるその人に引きずられるような形になって、転びそうになりながらついていく。
「どこに、…っ、行くんですか…?」
「丁度今なら他の目もないし、都合がいい」
「……ぇ?」
男の人の足が止まった。
突然振り返ったその人に、胸元を片手で雑に掴まれる。
「…ッ、」
ぐいと襟を握った手にそこを開かれて、肌が晒された。
その視線が…さっき風呂場で見た、…色々な…跡の残骸になっている場所に向いているのに気づく。
隠そうとしても、もう遅かった。
それを見た目が、おれを見下して、それに酷く興奮したような色に変わる。
「元家畜ならどうせ貞操観念なんてない安い孔なんだろう」
「…ッ、ぁ、」
突然乱暴な口調になって低くなる声に、ドク、と心臓が跳ねる。
「…っ、ひ、や、や、だ…ッ、!」
「なんだ。抵抗する気か?散々アイツらに輪姦された後の汚い身体のくせに、勿体ぶるなって」
「…ッ、や、はなし、て…っ、」
怖くて、怯えて、強く掴まれて締め上げられる腕に泣きそうになって、軽くパニックになる。
変な雰囲気の目が、声が、凄く、家に来るお姉さんたちと似てて、
(嫌だ、怖い、…嫌だ…っ、)
本能的に危険を感じて、胸元を掴む手を引きはがそうとして、
「お前みたいな道具は大人しく使われておけばいいんだよ…ッ!!」
振り上げられた手に、身を強張らせる。
ぎゅと目を瞑った。
でも、
「何、しようとしてんの?」
(……ッ、)
声が、…聞こえて、
耳に届いた、凛とした綺麗な声音。
(…くー、くん……?)
トク、と高鳴った胸に震えを感じながら、
瞼を、恐る恐る開く。
…と、
殴ろうと振り上げられた腕が、その後ろにいる誰かの手に
掴まれているのが見えた。
「…は?誰に向かって、…ッ、て、」
振り向いた男の人が驚いた声を上げて、おれからすぐに手を離す。
「蒼、様…!?その、これは」
「誰が言い訳をしろって言った?俺は、”まーくんに何をしようとしてるのか”って聞いたんだけど」
「…ッ、」
息を呑む気配。
地の底を這うような低く冷たい声音は、更に動揺している相手を震わせた。
その場が凍り付くような雰囲気に、こっちまで同じような気持ちになって、
…怯える男の人から、ゆっくりと視線を移す。
「……ぁ、」
その姿を目に映した瞬間、そんな感情は露と消えた。
おれより少し背の高い身長に、さらさらとした黒髪に整った顔、紺色の浴衣。
でも、…いつものような優しい表情じゃなく、比べものにならならない程冷たい瞳、で
腕を掴んだその指にミシ、と骨が軋むような音が聞こえてくるほど力が込められ、「ぁ゛…ッ、ぎ…」と呻く声。
「まーくんは俺の大切な人だから、絶対に手を出すなって言ったの…忘れた?」
「……申し訳、ありま、せ…」
「謝って許されるわけないだろ。…ちゃんと罰は、受けてもらわないとな」
「…っ、罰って、そんなの」
会話の内容なんて、頭に入ってこない。
入口のところから現れたその人に、…ずっと求めていた、大好きな人の姿に
「まーくん、どうしてほし「くーくん…ッ!!」
…我慢できなかった。
彼が首を傾げるようにしてこっちを向いた瞬間、少しだけその瞳の冷たさが和らいで温かくなる。
(…嗚呼、いつものくーくんだ…)
それを見た瞬間、安堵と歓喜で胸が熱くなって、
全部他のことなんて頭から吹っ飛んだ。
何かを言いかけた言葉を聞く余裕もなくて、感情のままに抱き付いていた。
腰に回した腕で、ぎゅーぎゅーする。
「くーくん…っ、ぐーぐん、だ…ッ、かえってきた…っ、」
「…っ、」
「ちゃんと、かえってきてくれた…っ。よかった、ひっく…、ふ、ぇ…ッ…」
帰ってきた。
戻ってきてくれた。
嘘じゃなかった。
抱き付いたまま顔を上げてへへ、と笑えば、彼の目が驚いたように見開かれる。
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