13
ぺたぺたと身体に触れて、ちゃんと「うむ、くーくんである」と確認した。
そこにいて、抱きしめられるという現実に……意識しなくてもにへらぁと顔がだらしなくなる。
くーくんだくーくんだくーくんだ…!!
「おかえりなさい!」
「…ただいま」
帰ってきたらずっと言おうと思ってた言葉を伝えて、そうしたら緩く細められる瞳と、頭を撫でる手。
さっきまでのことなんかどうでもよくなった。だからくーくんは偉大だ。
待ってて良かった。
…変に病院って場所まで追いかけて迷惑かけたりしなくて、ちゃんと無事に帰ってきて本当に良かった。
「くーくん、大好き」と欲求のままに、首に回した腕でちょっと背伸びをして頬をスリスリさせると、あれ、なんかくーくんの頬が熱い。なんでだろ、と首を傾げる。
ぐ、と息を呑んだ彼は何故かぎこちなくおれから目を逸らした。
「…その、…とりあえず部屋に戻ろうか」
「…っ、わ、」
着崩れて肌の見えていた胸元部分を隠すように軽く真ん中に整えられる。
それから尻の下の太腿辺りを片手ですくい上げられる様にして抱えられて、ひょいと身体が浮いた。
「ぎゃ、何、なに、」
足の裏から消えた地面の感触。
思いっきり不安定な姿勢にばたばたと足と手をあわあわさせる。
だっこ…!まさかのこのタイミングでのだっこ…!なぜ…!!
「…んー、意外にできたな…」
「ぎゃばば…!」
なんでか左腕をあんまり使えないらしくて、ほぼかつぐような体勢のだっこのされた方だった。
おれ…男なのに、どんな筋力してるんだくーくん!!
動揺しすぎて最早自分が何を言っているのか自分でもわからない。
浴衣がはだけて脚が見えそうになるのを、慌てて手でおさえた。
しかも抱き上げられている分、ちょっとおれのほうが顔の位置が高い、けどくーくんの顔が近くて、凄く、近くて…!!ぬ、ぬぬ、やっぱり格好いいくーくんベタ惚れするぞ。もうしてるけど。
「そもそも怪我は…!くーくんのけが!」
「……」
「…むむむ無言!?!さては治ってないな?!」
…完全に何かを隠そうとしているようなくーくんに、ばしばしと頭を軽く叩くと「…知らない」とそっぽを向いて少しだけ拗ねたような顔になる。…な、なんだと…本当に、もしかして治ってないのか。
愕然とするおれをスルーして、わざと太腿の下でおれの身体を支えている右手を揺らすという意地悪をしてくる。
「わ、ぎゃ、」怖くて、慌てて手を首にまわして体制を安定させた。危ない。本気で落ちるところだった。
「…うお、」
くーくんが動くたびに足がぶーらぶーら。…するはずもなく、今にも落ちそうな緊張でぶらぶらするどころかガッチガチだった。
足が地面につかないのが怖くて、でも何故かきちんと落下しない。
部屋の方に戻ろうとしてるらしく歩き出すくーくんに、おれはその首元に抱き付きながらどんどん距離が離れていく人のことを問いかけた。
「ね、くーくん。さっきの人、こっちみてるけど置いていちゃっていいの?」
「…あ、」
本当に忘れていたのか、今思い出したかのように立ち止まって、
抱きかかえられているおれもくーくんと一緒にちょっとだけ振り返る。
びくりと、震える男の人の姿。
「…っ、蒼、様」
「処罰内容は後で伝える」
「…ッ、」
「…それまで部屋で待…、」
「…っ、だめ」
少し硬い声で「罰」なんて言う唇をぷにっと掴んで、むにむにする。
くーくんがびっくりして、でもおれを落とすわけにもいかないからされるがままになっていた。
「ちょ、ちょっと、…らに、ひてんの」
「だめ。だーめ。そういうこと言わない!」
こんなに困った顔のくーくんは初めてかもしれない。でもやめない。
…結構可愛い。
しかしずっとそうしてると怒りそうなので、少し楽しんだだけで離した。
そうすると、戸惑いを含んだ、少し責めるようなじとっとした瞳がこっちに向く。
「……だって、まーくんが嫌な目に遭ったのに、」
「いいの!いいんだって!おれはいいの!」
それに…「罰」とか、くーくんが言うのは、なんかやだ、から。
…これも、勝手なおれのわがままかもしれない。
そう思って、俯く。
それに、くーくんにそういうことをしてほしいわけじゃない。させたいわけじゃない。
さっきは嫌だって思ったけど、別に今は怖くないし、嘘とか強がりとかじゃなくて…本当に気にならないから。
震えそうになる声をちゃんとするために、すうっと息を吸った。
「だって、」とぽつりと呟く。
「くーくんと会えたから、…もう充分、だもん」
「……」
ぎゅう、と首に回した腕で限界まで距離が縮まるように抱きしめた。
黒い髪とその首筋に顔を埋める。
それに応えて、おれを支える手に少し力が入った。
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