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後ろを振り返る。
震える手で、その服を掴んだ。
戸惑ったような表情で、くーくんがおれをみおろす。
「…まーくん…?何、どうかし…」
「おね、が、い…、します」
……そうだ。飲み物、だ。
喉が、干上がっているように、水分がたりない。
何か、何かが、喉が、
意識するよりも先に、言葉が零れた。
「…のど、が、かわい、た…、ので、」
「……」
「せーえき、のませ、て、くれません…か…?」
自分が何を言ってるのか、なんてわかってなかった。
ただ夢の映像を、そのまま繰り返しているだけ。
…悪いことだとも思ってなかった。
(…せい、えき…?)
自分の呟いた言葉を頭の中で反芻してみて、小さく疑問符が出た。
彼の服を握る、自分の手首に何かを嵌められていたように赤い跡が残っているのが視界の端で見える。
そこから視線をずらして、ただ、彼に縋って、
「……おねが、い…」
「…っ、」
瞬間、
動揺したように、ごく、と少しだけ喉を上下させ、瞳を震わせた。
…でも、
「――嫌だ」
「っ、」
さっきまで温かった瞳が、凍えるような冷たい色に変わる。
すぐにキツク瞳を細めた彼に、腕を掴まれ、身体を引き離された。
ぎり、と強く掴まれた腕が痛い。
「絶対に、嫌だよ」
「……ぁ、…」
悲痛な表情で、二度目の拒絶。
そんな風に拒否されることなんて、今までなかったから、…ドクン、と心臓が跳ねる。
そこで、やっと我に返った。
「ごめん、ごめんなさい、ちが、」
ああ、どうしよう。どうしよう。おれは今、凄く傷つけたんだ。
…なんで傷つけたのか、その理由はわからないのに…その表情で、自分が何か酷いことをしたんだと思った。
バクバクと鳴りだして煩い胸の辺りを、ぎゅっと握る。
慌てて、弁解?しようとした自分の言葉は、意味もなく、形を成さない。
「…心底、胸糞悪いな」
「…っ、」
吐き捨てるような声音が、耳に届く。
「ごめん、なさ」
「…謝らなくていいんだって。前も言ったけど、まーくんが悪いわけじゃないって分かってるから」
「だけど、」
だったら、なんで、…そんな顔、
「だって、まーくんの”それ”は…俺の大っ嫌いな人間に躾けられたものだから」
だいっきらいな、にんげん…?
冷たい光を宿したまま、彼は唇の端を歪めて笑った。
ドクドクと更に速くなる鼓動に、こんな顔をさせているのは自分で、…おれが悪いのに、なぜか被害者のように泣きそうになってくる。
一度口に出したしまった台詞は、どうやっても取り消すことなんかできない。
言える言葉さえ何も思いつかなくて、いつものようにその頬に触れようとして、
「…ッ、」
「………」
ふい、と顔を背けられた。
伸ばした手は何にも触れずに、ただ空しく宙に浮かせたままになった。
ぐ、と唇を噛んで、悔しそうに顔を歪ませていた彼に、俯く。
少しの間、そうして気まずい沈黙だけが部屋を包み込んで、
…不意に零される言葉。
「そんなに、精液…飲みたい?」
耳に届いた静かな声に、顔を上げる。
「へ?」
「…いいよ。まーくんの望み通り、飲ませてあげる」
おれの戸惑いの視線を受けて、彼は綺麗に微笑んだ。
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