39

堪えきれずにぼろぼろと零れた涙が、おれが持ち上げている浴衣と手に降りかかった。


「まーくんが自分で言ったんだよ?飲みたいって」

「…っ、う、ひ、っく、ごえ、ごめん、なさ…っ」

「…謝ってほしいわけじゃないんだけど。じゃあ、…やめる?」


ヒク、ヒク、と喉を震わせて泣きじゃくると、変わらない…彼の冷たい声。

「ぅ、ううん…」と涙声で首を横に振る。

…いやだ。くーくんに、これ以上嫌われたくない。



「や、やる…ぅっ、」


しゃくりあげながら、どうにかして涙を引っ込めようと喉に力を入れて頷いた。
これをすれば、きっとくーくんの機嫌も良くなってくれるはず、だから。
だいじょうぶ、ずっとこのままのくーくんの方がもっと嫌だ。と自分を奮い立たせた。

えぐ、えぐと嗚咽を堪えて問う。



「…おれ、何を、…すれば、いい?」

「何って、」



こっちを若干上目遣いで見上げてくる彼が、短い単語を呟く。



「オナニー」

「…おな、にー…?」



くーくんの言った言葉を、まだ言葉を話し始めた子どものように拙く繰り返した。
「他の言葉だとマスタべ―ション、自慰行為、とか色々あるけど、今のまーくんにはまだ難しいかなって」とおれをばかにしてるみたいな表情で笑うくーくんを、涙目のままキッと睨み付ける。


…と、近づけられる顔。


「…教えてあげる」

「っ、」

「ほら、手で    」


耳元で小さく囁かれる言葉。
耳朶に触れたやわらかい吐息の感触が、くすぐったくて、同時に意味を理解して頬の熱が上がる。



「……っ、」



意味がわからないわけじゃなかった。

というか、分かってしまったことの方が問題だった。


「や、やだ、おれ…っ、」

「……ふーん、嫌がるんだ?」

「…っ、…ぁ、ちが、」


しまった、と狼狽える。
そうするとくーくんの表情が一気に暗くなって、更に機嫌を損ねたのがわかった。


「それか、…何?そこらへんにいる男達の液のほうがいい?」

「…ッ、」


「それならそれでもいいよ」と辛辣に言い捨てられてしまう。
腰をあげてどこかに行こうとするくーくんの腕の裾を掴んで、引いた。


「っ、ごめ、ごめん、なさい…っ、やる、やるから…っ」


「だから、行かないで」と縋るように全力で懇願した。

……すると、足を止めて振り返ってくれた彼が少しだけ瞳を優しくしたのがわかった。

その変化にほっと息を吐いた。
そうして裾を掴んだままのおれの指をチラッと見たくーくんはおれを見下ろしたまま問いかけてくる。


「…俺にやってほしい?まーくんが自分でスる?」

「……自分で……する、」


傷だらけの性器。
こんなの、くーくんに触らせるわけにはいかない。


「やり方…わかる?」

「う、…ん、わかる…」


こく、と頷いて、片方の手で浴衣を持ち上げたまま、恐る恐る性器に触れてみた。


「…っ、ん、」


鼻から息が漏れる。
手で触れて軽く擦った瞬間、何故か既に濡れていたらしくクチュ、って音がした。
…その瞬間、少し離れた場所から笑う気配がする。


「…っ、ぁ、」


何を笑われたのか知って、ぶわっと全身が熱くなる。

くーくんの目の前で、くーくんに見られて、おれは、本当に、


「――ッ、」


カッと異常なほど頬と性器に熱が集まった。「…っひ、や、…ッ、…」と反射的に手を離して声をあげようとして、唇を噛んで堪えた。


(考えない、考えないようにしないと…っ、)


だけど否応なしに感じてしまう視線に、ちょっと反応しかけていた性器はトロトロと先走りを零し始めてて、……とりあえず、言われた通りに、掌で少し硬くなっているソレを包み込むようにして上下に擦ってみる。


グチュ、グチュ、グチュ、


「…は…っ、ん、…ッ、!ひ、痛、…っ、」


快感よりも確実に痛みの方が大きい。
治りかけているとはいえ、傷のある性器を上下に擦っても気持ちよさを感じられるはずもなくて、硬くなっていた性器はすぐに萎えてぷにぷにの柔らかい感触に戻ってしまった。……だけど、手を止めたら擦ることさえやめてしまいそうだったから、必死に両足で身体を支えて腰を突き出したまま、擦る。

ヒリヒリと痛んでばかりの性器に、ついには快感ではなく痛みによる涙さえ滲んでくる始末だった。


「…っ、ん゛、んん…ッ、ぃ、」

「痛い?」

「…っ、ん、」


見かねたようなくーくんの声音に、コクコクと頷く。
痛い。凄く痛い。

でも、やめたいなんて言ったらまたあの冷たい瞳を向けられそうで怖くて、なんとか気持ちを高ぶらせて性器を擦り上げることに専念していた、

…と、


「…いいよ。おれがやってあげる」

「え…っ、…い」


いい、と後ろに下がろうとした瞬間、性器に触れてくる……手。
びくっと腰が浮いてうわずった声が出てしまう。
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