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………
………………
夢心地のなか…おれを呼ぶ、声が聞こえる。
「 !!」
(…だれかの、こえ…?)
「……ん、…」
ピク、と身体が勝手に反応して、ゆっくりと瞼を開く。
いつも通り、上半身を起こそうとして「…っわ、」そうだ。枝の上にいたの忘れてて、あやうく木から落ちそうになった。
まだ眠気眼なままで、屋敷の方に怠く瞳を向けた。
「…まーくん…っ、!」
(…あ、)
くーくん、だ。
歓喜に胸が震える。
やっと戻って来たらしい。
彼にしては珍しいくらいに焦った声音。
窓から少しだけ、必死におれを探している姿が見えた。
「……くー、」
反射的に答えようとして、ばっと手で口を塞ぐ。
…その状態で、桜の匂いに包まれたまま、返事をしない。
良かった。見つけようとしてくれるんだ、と嬉しくなる半面、まだ拗ねていた。
おれを置いていって、何をやってたんだと今すぐにでも問いただしたくなる。
だから、
(…くーくんも、ちょっとくらいおれのことで動揺すればいいんだ)
困って、慌てふためけばいい。
こっちはいつも彼の一挙一動にドキドキしまくってるんだから、少しくらいは慌てる姿が見たい。
変わらず聞こえる、屋敷の中からいつもよりもだいぶ切羽詰ったようにおれを呼ぶ声。
…そうして少しして、窓が開いてることに気づいたのか、外にくーくんが出てきた。
顔に焦りを滲ませていた彼は、おれを見つけた途端…心底安堵したような笑みを浮かべる。
「…ぅ、……」
その変化を見た途端、目頭が熱くなる。
くしゃりと顔を歪めて泣きそうになって唇を噛んだ。
だめなんだけど、本当はだめなんだろうけど。
こうして探してくれて、焦ってくれる姿が、嬉しくて、…涙が零れそうになる。
(…本当、くーくんといると涙もろくなるな。おれ…)
気づかれないように、そっと袖で涙を拭った。
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