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…戻って、こない。
もう何日も、数えるのも嫌になるほど、
日数が経った、…気がする。
ちゃんと数えてないからわからないけど、…たぶん、そんぐらいたった。
いーち、にー、なんてこんなことを数えるのは絶対に嫌だ。
そうなると、本当に誰もこの部屋を訪れる人はいなくなって、
(……同じ、)
夜も、ひとり。嫌な夢にうなされても、ひとり。…痛いのも、ひとり。
薄く汚れた包帯を巻いた足の指先をちょこちょこと少しだけ悪戯に動かしてみた。…暇つぶしにもならない。
「………」
さっき、鏡で見た自分の顔を、全身を思い出して、
…それから、最近ずっと見る…現実感のない夢を思い出して、…泣きたくなった。
手を、天に向かって持ち上げる。
…随分見覚えのある印象とは、違ってみえた。
「あー…」と濁る声を吐き出して、ふるふる首を振る。
それに、最初のときは、前にお話しした澪が来れないって言って、障子越しに別の人とお話ししてたからちょっとは寂しさもまぎれてたけど。
…最近は、その人も来なくなってしまった。
「……いちごー、ごまー…♪」
適当にしりとりのような言葉にリズムをつけて口ずさむ。
掠れた声になって、結局途中で咳き込んでしまった。
「……」
こうして、大きな窓越しに真っ暗な空だけを眺めていると、本当に傍に誰もいないのを実感する。
昔に、…くーくんと会う前に、戻った、みたいな…
「…っ、」
首を、振った。
…それでも、自分がたてる布と畳が擦れる以外の何の音もしない。
一本だけ大きくそびえ立っている桜の木に目を落として、ぶるぶると身体を震わせた。
寒く、なんてないはずなのに。
それに、
(…こんなに、ひとりって寂しかったっけ)
もう、忘れてしまっていた感覚だった。
布団は用意してもらってるけど、それに背を向けて体育座りをしていた。
…でも、毛布だけはぐるぐるに巻いて雪だるまみたいになる。なんでだろ。前から、毛布でくるまると安心するんだよなー。
指先が白くなるのも構わずにそれを握りしめながら、「…まだかな」とぽそりと呟く。
(…ひとりじゃ、眠れない…)
今日は、とくに、や、な夢みたから。
…近くにいてほしい。ぎゅーって、してほしい。
じっとしていると、思い出してしまう。
「……おか、…さ…」
夢の中で触れた、『 』。
そこから、黒い何かがじわじわと広がって、…「…ッ、」何度もしていたはずなのに、まだ、慣れていなかったらしい。不便な身体だな、ほんと。
唇を血が滲むほどに噛み締める。…どろっとした液体が舌に流れ込んできた。
その味さえもわからない。
震える身体を、自分の腕で抱きしめるように強く掴む。
「……ぎゅって、した、い」
実際、くーくんに会うまではひとりでずっと寝てたんだから、寝れるはずなのに。
…ほんとう甘えてばっかりだったんだなって今更実感する。
もう何日も食べてないからお腹もしぼみすぎて痛いし、頭痛いし腕痛いし、お風呂しばらく入ってないし…、って最後に入った記憶がない(くーくんが帰ってきたらくさいって言われるかも、…それは、絶対にやだ、けど)、だけどそのくーくんもずっといないし「……さっきから文句ばっかりだなー…」あはは、と乾いた笑いを浮かべてみる。
『ガタ…ッ』
…って、
「…っ、くーくん?!!」
何か扉の方で音が聞こえたような気がして、振り向く。と、同時に立ち上がった。
やっと、やっと帰ってきた!と「あぎゃ、!」毛布に足先をとられて、顔から転ぶ。
ずっきーん!と鼻が折れそうな勢いで畳に顔を殴られた。
ずりっと畳の上を腕と顔面で滑った。「…う、いだ、いだ、い」...ゾンビみたいな声でた。
何日か前に巻いた包帯がほどけて、まだ治り切っていなかった傷跡が更に抉れた。新しい血が、古い血の塊を液体にして、混じりながら滲む。
痛み止めが切れているせいもあって、涙を滲ませながら扉を見上げた。
「ね、くーくん、包帯、もういっかい、もっかい、ほうたい、…」
やって、って段々小さくなっていく声で、震える唇を必死に動かしてお願いする。
安堵が強すぎて、へらりと泣きながら笑ってしまう。
…また泣き虫って怒られるかな。でも、それでも帰って来てくれたならそれでもいいかな。
なんて想像しながら、きっと気持ちの悪くなっているだろう笑顔を浮かべつつ、解けた包帯をみせようと腕を持ち上げた。
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