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……けど、


「……くーくん……?」


いつも通り、閉じられたままの扉。
何かを探すように、視線が動く。


(…気の、せい…)


ズク、と胸に大きな塊がのしかかってくる。
…落胆して、微かに持ち上げていた腰を、すとん、と畳につけた。
そのまま、前向きに倒れてずるずると畳に全身をあずける。

すっごく喜んだところから一気にどん底に突き放されたような気分に変わって、…疲れがどっと押し寄せてきた。…あー。

「…っ、」息が、乱れる。流石にこのままだといつか死ぬ、かも…。置いてある薬も全部飲んでないし、全身酷いし…。

眩暈で視界が歪んだ。
鉛のように重くなってきた瞼を、支えていられなくて…閉じる。


「ふっざけんな!!こんなことで寝てんなクソガキ!!!」

「…っ!!!ごめ、ごめんなさ…っ、」


鼓膜をぶち破りそうな勢いの低い罵声。

ドックン…ッ

一瞬で心臓が跳ね上がって、鼓動の音を限界まで最大にする。
バッと身体を起こして、次に来る衝撃に備えた。


(…蹴られる…ッ、)


ああそうだった今はお父さんが帰って来てるんだった何を呑気に眠ってたんだまだ部屋の掃除もしてないしさっきお父さんが残していったアレもまだ処分してなくて、それにそれにそれにそれにそれに――ッ、


「………」

「………」

「っ………、…?」


(…あれ……)


いつまでたってもこない衝撃に、ゆっくりと瞼を開く。
お父さんが、いない。

…それに、見慣れない、部屋。でも、もうなれてきた、部屋。

大きくて、畳のある、お屋敷。


………………ああ、そっか。


「…そうだった。今、くーくんのお家なんだ、った…」


顔を庇っていた腕を下げる。
引き攣るような音を喉の奥から絞り出して、緊張した身体から力を抜いた。
「……うあー…」おどろきすぎて、喉がらっがらだ。
「…ぬおー…」意味もない言葉を発しながら、血流が、全身に行きわたる感覚を追いかける。

視線を下に向けて、自分が着ている浴衣に目を向けた。…うん、こっちが、現実。


「…うたたね、…?」


…いつの間にか、眠っていたらしい。
気が、つかなかった。それどころか、まだ、ここにいる方が夢な気がしてる。
どのぐらい、眠ってたんだろう。…最後にみた時と一緒で、外は相変わらず真っ暗みたいだけど。
……まさか、一日中ねむりこけてたわけでは…あるまい。…怖いな。ありえるところが怖い。


「ふー…」ドクドクドクドク、と時間はたったのにまだ早鐘を鳴らしている胸の辺りをぎゅうっと掴んで、息を吐いた。


「…ここ、は、くーくんのお家。くーくんのお家。だから、今は、しなくていい、から」


怒鳴ってくる人もいない。蹴ってくる人もいない。すぐに片付けなくちゃいけないものもない。無理に笑う必要もない。

だいじょーぶ。だいじょーぶ。…大丈夫。と呟きながら呼吸を整える。眩暈がして、きもちわるい。


…だけど、と誰もいない大きな部屋を見回して、思う。


(…いつまで、おれはここにいていいんだろう…)


「………」


…もしかして、怪我が全部治ったら、くーくんはおれをここから追い出そうとするのかな。
そりゃあ、治ったら、出ていくのが当たり前だけど…、なんか、「……」

確かに最初に比べたら、痛くなくなった、…と思う。

もっと酷い怪我が沢山残ってた時は、ずっと一緒にいてくれたのに。


(…治ってきた、から…)


…だから、来なくなったのかな。


俯くと以前よりも伸びた髪が、目元を覆いかくすように目にかかってくる。
くーくんのより茶色くて、…あまり、好きではない色。
全部、引きちぎってしまいたくなる。


(…こんなにずっとひとりなら、…こんなに寂しいなら、家にいた時のほうがマシだった)


「………なーんて、」


へへ、と一人で笑ってみる。
ぶんぶんと首を振って、裾で濡れた目頭を拭った。

そして、「ぬあーーーー!!」ぱんぱんと手でほっぺを全力で殴る。…いたい。


「だめだ、こんなこと、してちゃ、だめ」


さっきからやけに片言になってる気もするけど、どうでもいい。
ひりひりと焼けるように痛む頬に、やっと現実感が芽生えてきた気がする。

よーし!ぐっと拳を握って突き上げた。


「くーくんが帰って来てくれるように頑張るぞー!」


そうだ。いつからこんなに自分が何かをされて当たり前の存在だと思ってたんだ。ばか。
前に甘えるのやめるって思ってたのに、ずっと甘えっぱなしだった。だめだなぁ、おれ。

それに前に約束した。


「…ちゃんと、いい子で待ってる、って…」


やくそく、したから。

…だから、帰って来てくれそうなこと、何か考えないと、
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