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ぶぎゃ、と熱をもっている頬にぶるぶるして首を振る。
だ、だって、おれの下着を脱がせるような”何か”ってこと、なんだろ…。


「や、やだよ…!なんか変なこと、」


されそうだし…なんてごにょごにょ口の中で呟いていると、頬に触れてくる手。
「…っ、」わざとなのか大人っぽい雰囲気を醸し出してくるくーくんに、頬から髪にかけて、指でなぞられた。そのくすぐったい感触に一瞬ぎゅ、と瞼を閉じて、顎を引く。

俯くおれに合わせるように上目遣いで覗き込んでくるから、その瞳がやけに…煽情的に映った。しかも、なんだか甘ったるい良い香りまで漂ってくる始末で、余計にドキドキする胸に、ごく、と唾を飲みこむ。



「へぇ…?」

「…っ、へ、へぇ…って、なんじゃい…!!」



しかも、えろい…!!!会話をしている間にも、こっちがメロメロになって過呼吸になって死んじゃいそうだ。…相変わらずくーくんはただそこに存在してるだけでなんか卑猥だから狡い。「俺、別にエロいことしたとは一言も言ってないんだけど」と伏目がちの瞳が、嗤う。



「…まーくん、ってさ、もしかして」

「っな、なに…?」

「欲求不満?」

「…っ!!!」



端的な台詞。

なのに、それをきいた瞬間、首らへんからぶわっと何かが込み上げてきて、ただでさえ赤かった顔が余計に熱くなってきた。



「ち、違う…!!」

「……ふーん」

「う、…違う、けど…でも、その、変なこと、したんじゃないの…?」


だって、”悪戯”って言葉から、そういうことしか、想像できない、し…。


べ、別にくーくんになら何されても嫌じゃないから、いいんだけど、…おれにも、その、心の準備ってものが、つんつん両手の人差し指をくっつけながら心のなかでピンク色乙女みたいなことをぼそぼそ考える。


(だって、…ただでさえ寝顔見られるの恥ずかしい、のに)



「…変なことって、こういうこと?」

「ぎゃ…っ゛」


太腿から伝わる温度に背筋が寒くなった。ぎょっとする。「ーっ」勝手に身体の深いところが反応して、ビク、と全身が大げさに跳ねた。


下を向くと、浴衣を簡単にどけて太腿に這わされている手。


と、同時に視線をそっちに向けて、「…っ!!!!!」悲鳴に似た声が漏れる。


…ふにゃんとしたソレが…ぽろり、していた。


しかも若干、今ので勃ちかけて、「…っ、!」



「…み、見えた…!!今、モロみえた…!!」

「うん。素敵な光景を御馳走様」


(…ご、ごちそうさまって…)


確実に楽しんでやがる。

涙目になりながらぎゃぁあああとその手を外そうとする、


「や、ひゃ、」


くそ、くそう。もっと奥に手を突っ込んでこようとするのだめ!


「ぁ、に゛ゃ、」


しかも揉むな太腿もむな…!!!エッチ変態ちかん。完全にあうと…!

必死に離そうとその手と格闘するも、やはりおれの力では敵わない。


離そうとすればするほど乱れる浴衣に焦る。


自分のじゃない、人の手が太腿を上から包み込むように触れて、その感触が、動いて、脚の付け根の方に、

「っ、ぁ、や、ぁ、…って、今の声ちがう!」

もう何が違うのかも自分でわかってない。うがが、とにかく否定しなければいけない気がした。


「イイ反応」

「よ、よくない!なに本気で変態っぽいこと言ってんのくーくん!!ばか!!ばか!!」

「そうやってすぐにトマトみたいに真っ赤になっちゃうところ、凄く可愛い」

「…っ゛、!!だ、だれの、せい…っ、だと…!!」


可愛い可愛いってほんと、おれのことを、なんだと思ってるんだ。

そんなおれの反応に満足げに笑って、すぐに離れていった手に、「…ぁ、」と何故か名残惜しそうに唇から零れる音。…ぁってなんだ、…ぁって、うう…なんか触ってほしかったみたいになってしまった。


「むっつりスケベ」

「っ、ち、違うもん!!違うから!!」


図星を突かれただけに真っ赤になって顔の前で手を振った。

「っうぁ、」

太腿の方から気が逸れてそっちもすぐに防御する。


「…俺の服を抱いてあんなに厭らしく弄ってたくせに」

「…っ、ぬぎゅぁあああああ…!!!!違う…!違う、もん…!!!」


まだ追い詰めてくるのか。まだそのことを引きずってくるのか。

ちょっと言い返しただけなのに、心をぼっこぼこにされた。
…うう、酷い、くーくんがいじめてくる。



(…でも、)


確かにくーくんの言う通りかもしれない。
…ただ下着を脱がされただけで、悪戯って言ってもおれが想像してるよりも軽いものなのかも。

…ていうか、早合点しすぎた、のかな。

これだとまるでおれの方がへんたい、だ。えっちな子だ。くーくんの言う通り、欲求不満って言われても仕方がない。…う、恥ずかしくなってきた。



「…っ、そ、それより、その前に…!!」

「…?」

「あの、さっきからずっと気になってたし邪魔だったんだけど、これ…外して、ください」

「だめ」

「えー」


これのせいでさっき転びかけたのに。
起きてからずーっと視界の端をチラチラしてるし、ジャラジャラしてるし、動きにくくされているソレ。

…手首と足に枷を嵌められて、黒い鎖で繋がれていた。


(……?なんで、だろ)


そこまで違和感を感じない。

けど、何故か記憶の中でぼんやりと、
くーくんにされた時以外の、…何か、別の物の感覚があるような気がして、首を傾げる。


「まーくんは俺のって言ってくれただろ?だから、それは俺のモノって印」

「……い、言ったけど…」


なんか、言質をとられた…みたいなそんな不服な感覚。


「で、でも…」


心の動揺を示すように、ゆらゆらと瞳が揺れている気がした。
だから、それをみられたくなくて、俯く。

…そうすることで自分の身体に、心に、影ができた。


『おれは、くーくんのもの。』


それと一緒で、くーくんはおれのなのに、そう言ったはずなのに、

それならどうして、


(…どうして、女の人に会いにいってるんだよ。くーくんの阿呆。浮気者。)


しかもわざわざそれを言うことで、まるでおれが苦しむのを、傷つくのを見て、楽しんでいるみたいに。


「…――っ、」

「ん?どうかした?」


熱い瞼を堪えて、くーくんを見上げると、…いつもと変わらない、優しく笑う彼、がいて


いつもと変わらない。

いつもと何も変わってない。


なのに、

さっきまで違う女の人と話していた唇で、触れていた手で、同じようにおれに、触れる。

おれを放っておいて、ずっとその人の傍にいたのに、

今は、こうしておれを鎖で繋いで、可愛いって言う。

これじゃ、

(これじゃあ、まるで、まるで、おれは、)


「……(…おれの、方が、)」


ペット、みたいで、

そう思うなら言えばいい。
なのに、「…っ、」臆病者のおれには、それができない。

ただ、下唇を噛み締めるだけだった。


「…やっぱり、鎖に繋がれてるまーくんは凄く綺麗だよ」

「…っ、」


そうして、手首から伸びる鎖に口づけるくーくんに、ぐ、と顎を引く。

やっぱり、ってなんだ。って思いながら段々溢れ出そうになる熱い瞼を隠すようにぷいとそっぽを向いた。

そして意地悪げな表情で微笑んでいるくーくんを睨みあげてから、そこに放ってあった毛布の中にバッと潜り込んだ。

見られたくない。気づかれたくない。

いつもみたいに、何も気づかないふりをして、ただ今、くーくんといる時間を過ごしたい。

ぐるぐるぐる身体に巻き付けて、そっと、瞼を毛布に押し付けて拭った。
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