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ぐす、と鼻水を啜りながら真っ白で真っ暗な視界に包まれていると


「…まーくん」

「……なにかね」

「そこまでがっちり雪だるまみたいになられると、触るどころか何もできないんだけど」

「……む、」


聞こえてきた声に、ぴく、と眉を寄せる。

そんなこと言ったって、こっちだって苦しい。ろーるけーきみたいに巻いている毛布のせいで、息さえしづらい。しかも涙のせいで濡れた場所から肌に冷たいのが当たって寒い。かんしょくがきもちわるい。

それに、一方的にされただけの鎖と手枷がほっぺに当たって痛いし。

…知るもんか、って反抗しようとした唇を、きゅっと結ぶ。「…わがままくーくん、」とぼそっと嫌味を呟きながら、ぎゅっと指先で掴んだ布を、ほんの少しだけ緩めた。


「…これで、いい…?」


それから、毛布に頭ごと突っ込んだまま、ぐぐもった声で聞いてみる。ぁ、やばい、なんか涙声になった。

あんまり体勢変化してないし、だめって言われるかなって思ったけど、「んー…、うん。いいよ」と了承を得られたことにほっとして身体から力を抜いた。

すぐ後ろで浴衣が床を擦れる音、と、
それから、頭の辺りに何かが触れたような感触。


「…そんなに身構えなくても、まーくんが本気で嫌がるようなことはしないよ」

「……」

「さっきのは…慌てて恥ずかしがるまーくんが可愛くて、意地悪したくなっただけ」


ほんと、だろうか。
聞こえた言葉に、躊躇う。けど、おれの行動で傷つけてしまったらしく、落ち込んだ雰囲気に気まずくなった。

結局…毛布越しだけど、頭を撫でる感触に緊張が緩んで…うん、と声を出さずに小さくこくんと頷いて瞼を閉じる。


「いい子」

「…っ、」


ふ、と微笑んだような…優しい声。
その言葉を聞いた瞬間、胸の深い部分を突かれたような感覚に陥って、声を上げて泣きたくなった。

おれ、くーくんのために何もしてないのに。
何もできてないのに。


それなのに、


(…”いいこ”、)


褒められた。くーくんに、褒められた。…そのことが、こんなにも嬉しい。幸せ。
あんなに辛くて、寂しいと思ってたはずなのに、じんわりと胸が、温かくなる。


「嘘だよ」

「……ぇ?」

「寝てる間に何をしたかって話だけど…まーくんが無防備に眠ってる間に何かする度胸もなくて、鎖つけた後に頭撫でてただけ」

「………」

「…それと、下着は汚れてたから勝手に脱がしたけど、変なことはしてないから」


安心して、と続けられる台詞。
ほっとする…というか、触られてなかったのか、とちょっと残念な気持ちを抱えながら、頭の中で整理する。

……ただ、からかわれていただけだったらしい。

毛布ごと体に回された腕に、ぎゅうって抱きしめられる。若干の圧迫感とこうされている…なんというか、必要とされている感じというか、抱かれてる感覚が思いのほかちょっと心地よくて、しばらくそのまま背後から抱きしめられているとぽつりと零される声。


「……ごめん、」

「なに、が…?」


後ろからの少し小さめの謝罪に、疑問符を投げる。
と、


「最近……あんまり、寝れてない、から、…あとちょっとねさ…せ……」と珍しく消え入りそうに、眠そうな声音が聞こえて、すぐに静かになる。

……もしかして、


「………ね、ねた、…?……」


この抱き締められたままの体勢で寝てしまったというのか。
毛布から顔を出し、後ろをおそるおそる振り返る。

……と、これまたとてつもなく整った顔が、無防備に寝顔を晒していた。
さらりとした黒髪が重力に従って顔にかかり、…けど、それ以上に寝顔さえ改めて見るとお人形さんみたいに綺麗で美しくて生きているのかさえ怪しく思えてしまう。

心臓を打ちぬかれそうになって、寝込みを襲いたい気持ちに駆られるも、…ぐっと我慢する。
布団をかけてあげようと体を起こそうとすると、すぐに抱き戻すように腕の中に閉じ込められなおして、「ぎゃ!」とびっくりして声を上げた。


―――――――――――

………そのあと、くーくんのぬくもりに包まれて、つられるようにして眠ってしまったのは言うまでもない。
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