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なんだか置いてけぼりにされてる思考で、色々納得はした。
ひとつひとつ整理に時間をかけていくと、
…もしかして、なんて疑問が湧き上がる。
(安全に部屋の中で過ごしてほしかったって、)
「だから、ずっといなかった、とか…?」
いや、でも、まさかそんなわけないだろう、と自分で否定しつつ、聞いてみた。
けど、少しの沈黙の後「…うん」と気まずそうに返された返事に、ぽかんとする。
(…ん…?んん?)
どうにも自分の思ってることと何かが違う気がする。
手の力が緩んだ一瞬の隙をついて、バッと顔を上げた。
「…っ、ちょ、」
「で、でも!さっきはずっと女の人といたって、」
焦った表情を浮かべるくーくんを無視して、おいどうなんだ!とカツアゲするヤンキーみたいな勢いでその服を掴んで軽く引っ張る。
「まさかおれに触っちゃだめだからって理由で、…女のひとと、う、うわ、浮気、を…」
戦いて、ぶるぶる痙攣する。
うわき!これはうわきだ!終身刑だ!
「酷い!この浮気者!ばかたれ!」
「……浮気なんかしてないよ」
「…っ、じゃあ、さっきの発言の意味…教えて」
何度目かの涙目のまま、唇を尖らせて答えを求めるように見上げると…こっちを向いた彼が、動揺したように喉を上下させる。
揺れた瞳が、逃げるように逸らされた。
少し躊躇った後、その唇が、開く。
「…だって」
自分で聞いたくせに、返事を聞きたくなくて、彼の一言一言で心臓がばくばくと鳴る。
聞くのが怖い。
知るのが怖い。
どうしよう。
あの夢みたいに、…くーくんがその人のことを好きで、おれが想像できないようなことを色々しちゃってて、…「…っ、」ううう考えなければよかった。そして下半身も反応するなばか。
一瞬の間の間によからぬ思考が駆け巡った。
…けど、今更知らなくていい。なんて言えないからへにゃりと眉を垂れさせて言葉の先を待つ、
と、
「…まーくんに、嫉妬してほしかったから」
「……」
嘘、ついた。なんて軽く瞳を伏せて言葉を零した彼に、
……あんぐりと開いた口が塞がらない。
「…へ、」
(今、なんて言った…?)
呆気にとられたまま、単語を繰り返す。
「……しっと…?」
「…うん」
「ほんと、に…?」
それだけのために…?
そんなことのために、おれはあんなに苦しんで、ギリギリと心臓を痛めたのか。
…正直に言うと、ぐおおおおふざけるなあああ!と揺さぶってやりたい。ぶんぶんしてやりたい。
でも、それにしても、と見上げて小首を傾げる。
…嫉妬してほしかったって言うのなら、もっと揶揄って楽しそうな、余裕そうな表情でも良さそうなのに。
なのに、彼はいつか見た時と同じで、…今にも泣き出しそうで、苦しそうで、そんな表情のままで、
「…なんで、」
「…まーくん?」
「なんでも、ない」
ぽつりと零れ出た気持ちに反応して問いかけてくる彼に、ふるふると首を振った。
…これが、くーくんがおれに見せたくなかった顔…なのかな。
やっぱり声を聞くだけじゃなくて、実際に見ると、…胸がズキズキする。
(…ずっとそうだった)
どうしておれがみるくーくんは、いつも泣きそうな顔ばっかりなんだろう。
…だって、おれは今…彼を拒絶することはなくて、どんなことをされてもいいって言ったし、本当にそう思ってる。
だから、あの頃とは違って、そうやって辛そうな顔をさせてしまう理由なんてないはずなのに。
でも、それを悲しいと思うと同時に
さっきの…ヤキモチ妬いて欲しかった、なんて子どもみたいな駆け引きをしようとしたらしいくーくんに、
怒りよりもむしろ全身の全てが脱力しそうな程に安堵して、嬉しいと感じてる自分もいて、
「くーくん」
「…っ、」
口になじんだ、その名前を呼ぶ。
それから、手を伸ばして、その頬に触れた。
びく、とその身体が震える。
怯えたような表情をした彼の瞳が恐る恐るこっちを向くから、そんな様子を愛しいと思いながら頬を緩ませた。
「そんなことしなくても、おれ、ずっとくーくんのこと大好きだよ。」
「……」
「それに、くーくんになら傷つけられても良いって言ったのに」
気まぐれに殴られたって、酷く甚振られたって、殺されたって、きっとおれは幸せに感じると思う。
「もう、可愛いなぁ!」と、でへへぐふふと嬉しい心情を隠せずに、にやにや緩み切った頬で笑いながらその首に両腕を回して、ぎゅーっと抱きしめる。
だいすき。
だいすき。
だいすき。
お母さんとお父さんよりも好き。
…世界中の誰よりも、一番大好き。
首筋に顔を埋めて、がぶりとそこを噛みたい気持ちを必死におさえながらただひたずら猫のようにじゃれついた。
くんくん。良い匂いがする。首筋美しい。ごろごろ。それからぎゅー。
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