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嫌がらないでされるがままになってくれているくーくんにまた嬉しくて、結局甘えたい気持ちに負けて耳の縁に噛みつく。「…っ、」噛んだ瞬間に小さく漏れる彼の声。
びくっと震えたのが伝わってきた。
「…あのさ、まーくんはそうやって自分が傷つけられることを軽く捉えてどうでもいいことみたいに言うけど、」
「だって、別にくーくんならいいもん」
「良くない」
おれの返答が気に入らなかったらしくムッとしたように否定する声。
…拗ねたように「危機感が足りない」という言葉とともに、べりっと身体を引きはがされる。
こっちも信じてくれないのと引き離されたことでむむ、と眉を寄せて「いい!」「良くないって」「いいって言ってるだろーー!!」無駄な応酬を繰り返した。
結局は根負けしたくーくんが「あーもう、」とため息を吐いてそのやりとりは終わった。
「たとえ寂しいって思ったとしても、屋敷内にいてくれれば、…生きていてくれれば、いつでも会えるから。…絶対にこれ以上、俺自身の手でまーくんを傷つけることだけはしたくなかったんだよ」
「……」
「だからなるべく近づかないようにした方がいいってわかってるのに、」俺の努力を全部無駄にしてくれたな、困ったまーくんだ。みたいな感じに言われて、
「う、」まるでおれの方が悪いとでも訴えたそうな言い方に怯むと同時に全力で拗ねたくなる。
そんなおれの髪を撫でて、彼は眩しそうに目を細めて微笑んだ。
「まーくんってば、冷蔵庫に作り置きしておいたご飯も食べてないし、風呂も部屋についてるのに入らないでずっと俺のこと待ってるし」
「…だ、だって」
「挙句の果てには栄養不足で倒れてるから、…見ていられなくなって、結局戻ってきちゃった」
そして「ああもう、本当何やってるんだろう俺」と持て余したようなため息を吐く彼に、じわじわふわふわとこれ以上ないくらいに心が温かくなっていく。
いつものくーくんだ。
くーくん、
くーくんなんだ。
実感する。
…その表情を見て、…やっと、本当に彼なんだと実感できる。
「へへ…っ、嬉しい…!ありがとうくーくん。来てくれて、ありがとう…!」
「…っ、」
「だーいすき!」
がばっと今まで以上に強く抱きしめて感情のまま言葉にする。
ぐりぐりと胸に頭を押し付けた。
嬉しい。嬉しい。凄く、嬉しい。
…おれのこと、心配して戻ってきてくれたんだ。
「…嬉しい?」
「うん!すっごくうれしい!」
「…そっ、か。良かった」
「……くーくん…?」
ぎゅう、と背中に回された腕に抱きしめられて、そのほうっと安堵したように零された言葉に、良かった…?って何だろうとハテナマークを浮かべて首を捻った。
…と、
「これからもずっと、そうやって無邪気に笑っててほしいな」
「え、えと…」
「俺、まーくんの笑顔が大好きだから」
「……っ、」
抱きしめられたまま言われた言葉に、驚きすぎて顎が外れそうになった。
やっとの思いで、ごく、と口の中にたまった唾を飲みこむ。
(…聞き間違え…じゃ、ない)
…夢、これはゆめなのか、とほっぺを引っ張ってみても痛くて夢じゃなかった。嬉しい。
え、ええええ…、えがお、え、くーくんが、おれのえがお、だいすきっていった!!!いってくれた!!!とバグッている頭のなかで何かが叫んで叫びまくって喜びすぎてフィーバーしている。
「…だから、喜んでくれることなら、笑顔になってくれるためなら…何でもしたい。欲しい物があるなら、全部用意するよ」
「…っ、」
頬が、熱い。
真剣な声音で耳元に囁かれた台詞。
その言葉によって、ぶわっとこみ上げる熱が全身に広がって、燃えているように熱くなった。
「…う、あり、ありが、と…」
できることなら今すぐに床をごろごろして喜びを全身で示したい。
けど、…そうする心の余裕もなくて、ただ、たどたどしくお礼を言って、ぎゅう、と彼の服の裾を握るだけになった。
…なんか、
そこまでいわれると、凄い熱烈な告白をされているみたいで…ドキドキする。
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