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…言って、しまった。
自分でも突拍子もないことを言っているような気がする。
一度言ってしまったからには、訂正も修正もできない。
だけど、そんなおれ以上に、珍しいほど狼狽えて、戸惑った表情を浮かべるくーくんを見ていると、なんだかそれだけで少し満足してしまうのはどうしてだろう。
「…あのさ、まーくん、」
「はい」
一瞬硬直して、でも少し時間を置いて、ようやく飲み込めてきたらしい。
その唇がおれの名を呼ぶのを聞いて、ちょっと緊張して身構えた。
絡めた指に力を入れて、ぴ、と背筋を伸ばす。
「ちゃんと言葉の意味、分かって言ってる?」
「…くーくんのばか」
はぁと呆れたようにため息を吐いたくーくんに、むっと眉を寄せた。
…そうやってまた子ども扱いしようとする。
こんなこと、知らないで言えるわけないのに。
知ってる。
覚えてる。
…忘れられるわけが、ない。
「わかってるよ。だって、」
だって、
(沢山…くーくんとした……思い出もあるし、)
「家でも、よく見てたから」
…お父さんがよくお姉さんたちとしてた。
それに、多分おれも、…お姉さんにされそうになったこともある。
でも、くーくんと一回だけその時一緒にいたのに…忘れたのかな。
その時は布団の中で二人でくるまって、泣いてるおれをずっと慰めてくれてた。
「……」
「……むー…くーくん、…」
何も言ってくれなくなってしまったくーくんに焦れて、ゆさゆさとその裾を掴んで揺する。
「あ」とか「い」でもいいから何かしら反応してくれないとこっちが居たたまれなくなるじゃないか。
すると、
「あー…」と頭でも痛いのか、額を手で押さえた彼は呻いて、
「…なんで、突然そんな思考回路になったの?」
一応、冗談じゃないとわかってくれたらしい。
だけどまだやっぱり信じ切れていないらしいくーくんに、疑いというよりも、むしろ心配そうな視線を投げられて、「ぁ、えと、」今更ながら自分の発言の意味をじわじわ実感してきて、熱くなる頬を隠すように顔を背けた。
「…あ、あう…」と意味のない言葉を吐いて、頬を両手でおさえてぶるぶると震える。
…くーくんは多分おれがその時のことを覚えてないって思ってるんだろうけど、
(…なんとなく…覚えてる)
えっちが、…どういうことをするのか、ってこと。
「……」
…くーくんの、…いつもと違う雰囲気とか、色っぽい表情とか、絡めた指、肌の感触とか、…挿れられた時の感情、とか、
…でも、やっぱり、その時はおれだった感覚がないから、…なんだか違う人にくーくんをとられたみたいで、嫌な気分になる。胸が、…もやもやとして苦しくなる。
ぶんぶん首を振ってその感覚を振り払った。
「その、…くーくんのこと、大好きだし、一生一緒に居たいって思ってるけど、多分言葉だけじゃ、意味なくて、」
「……」
「好きだって言葉を信じてもらえないなら、…それしか、おれの示せるものなんてないから」
”俺”がこうやって同じように監禁されてた時、いつもそういうこと…たくさんしてたから、これをすれば、くーくんは安心できるんじゃないかな。
…おれの好きの気持ち、ちゃんとわかってくれるんじゃないかな。
…そういう行為をするの、結構怖いけど、でも、それでそんな泣きそうな顔をさせずに済むのなら、それが一番いい。
臆病な心を隠すように、へらっと笑ってみせる。
「あはは、ごめん。おれ、ちゃんとした愛とか、示し方とかって、よくわからなくて、」
「変なこと言ってたら、ごめん、なさい」ともう一度謝った。
…彼が望むなら、何でもしたいと思う。
それこそ、くーくんのためなら、おれだって何でもできるんだって証明したい。
…だけど、
驚いて、息を呑んで、複雑そうな表情を浮かべていた彼の視線が、少しだけキツく細められた。
…ふい、とおれから逸らされる。
「……全部嘘だって、言っただろ」
「…っ、」
喉の奥から絞り出したような、声。
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