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その後、
お風呂場に連れていってくれた黒いスーツの人に「ありがとうございまし、た」とぺこんと頭を下げた。
「…早く会いたいな…」
体育座りで、膝に顔を埋めながらぽつりと呟いてみた。
……くーくんがいないと、ぽっかりと胸に穴が空いたような気持ちになる。
「…うう、くるしい…」
(……今頃、澪とふたりで…なにしてるんだろう)
……きす、とか、してない、よね。
喉がからからになって、胸がきゅうぅ…と軋んだ。
心配じゃないっていったら確実に嘘になる。
もう既に会いたい。
引き留めておけばよかったかな、なんて今さら後悔する。
「……う、くるしい…むねが、いたい…」
最後にみたふたりの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
澪もくーくんのこと、…なんだか好きっぽかったし。
そりゃあ、自分が女でもくーくんが傍にいたら絶対に好きになっちゃうけどさ、
「……もしくーくんが浮気してたらとっちめてやるんだからな」
ここにいない彼に言ってみる。
……でも、苦しいのはやっぱりおさまらなくて、
だから、だいじょうぶ。だいじょうぶ…と自分に向かって何度も呟いた。
「……うわきなんか、してるはず、ない……」
おれ以外ときすしないって、約束、したもん。
だけど、呟く声にだんだん熱が籠ってきて震えてしまう。
こんなことで心が死にそうになってたら、これからきっと何回もあるだろうこういう時に本当に死んでしまいそうだ。
ぐす、と涙の名残を鼻をすすり、目元を袖でぬぐった。
「これだって、くーくんがおれのことをすきって思ってくれてる印…なんだから、」
すがるように呟いた声に、力はなかった。
手首と足首に嵌められている枷の感触。
両手を広げると、そこから最初にいた部屋に伸びていて、ずっと引きずってきた鎖がじゃらじゃらと揺れた。
(……もうひとりじゃない、ひとりになんかなってない)
まだ、捨てられてない。
「すんすん。ふへへ、いい匂いがする…」
どうにかして安心したくて、身に纏っている彼にもらった浴衣の匂いを、さっきまで抱きしめてくれてたくーくんの残り香をくんくん嗅ぐ。
それから、口の中をぺろっと舌で舐める。
(…ちょっとだけどろっとしてる、かも)
うがいをしてないから、今もくーくんの精液とか唾液とか沢山残ってる気がして嬉しい。
…おれのからだは、くーくんでできている。
そういっても過言ではない。うむ。うへへ、幸せだなー。
「いっしょにおふろはいってー、ごしごしあらいっこしてー、それから、うん。たくさんえっちするぞ」
にへらーと笑いながら、彼が戻ってきたらしようと思ってることをりずむよく、歌みたいにしてみた。あと決意もした。
「好きっていってもらって、いっぱいぎゅってして、ちゅーして、あとくーくんのしてほしいこともひとつひとつしてって、…幸せだなーなんて思いながら笑い合って、その、そういう、ことも、して…」
自分の言葉に思わず、かぁ…と頬が赤く染まる。
考えただけで、うわああと意味もなく手と足をばたばたさせた。
”………俺に、まーくんの全部をちょうだい…”
低く、少しだけ上擦った彼の色気ダダ漏れで興奮したような声。身体。表情。唇の感触。
「っ、ふ、へへ」
わっきゃー!と高い声を上げた。
「全部欲しいだなんてあんな顔でいわれたら、喜んであげちゃうに決まってるだろー!」
色々思い出しちゃってごろごろと床を身体でローリングしながら悶えた。
(…くーくんもおれと、その、えっちしたいって感じだったし、いっぱいちゅーしてくれたし、…それに、…たいせつにするっていってくれたし、)
これはもう絶対にお風呂入ったらする。
えっちする。
しなくちゃだめだ。するべきなんだ。もうこれは運命としかいえない。
見てろ、くーくん。
くーくんが困っちゃうぐらいに、めっちゃくちゃにちゅーしまくって、ぎゅーぎゅーしてやる。
「…あ、そうだ。またちんちん、ふぇら?しよう」
今度は前よりもうまく咥えてぐちゃぐちゃしたい。
いっぱい液だしてもらって、たくさん気持ちよくしたい。
おれのふぇらが今までの他の誰よりも上手だって思ってもらいたい。
(多分、くーくんは今まで誰かにそういうこと、…されたり…したんだろうし)
その時、…どんな顔してたのかな。
さっきみたいに、…感じてる顔とか、その人にみせてたのかな。
………好きだよってキスして抱き締めたり、したのかな。
「……っ、ひ、う…」
じわりと浮かぶ涙。
曇る心を隠すように、ぷいとそっぽを向いて顔を顰めた。
ふるふると首を横に振る。
「……えと、だから、おれがそのひと以上にうまくなって、まーくんはすごいねって言ってもらって」
それから、
これからもずーっとおれといっしょにいたいって、もっともーっとこれいじょうないくらいに望んでほしい。
その…くーくんの、をお尻の穴にいれてもらって、でもどうみてもくーくんのは他のひとよりもおおきいからいれやすいように頑張って、ぎゅうってしながらえっちして、全身の力が入らなくなるくらいに抱いて抱いて抱き潰してほしい。
(…前に、そうしたいって言ってくれた、し)
その時のことを想像したら、涙で濡れたほっぺがやかんみたいに熱くなってへへ、と自然に緩い笑みが浮かんだ。
「やっと、くーくんと恋人っぽいことできる…」
ほっぺをぺたりと床にくっつけて、切ないような、苦しいような、そんな感情に涙が浮かんできた。耐えられなくて、胸のあたりをぎゅっと掴んでみる。
高校生のとき、本当の初めてもくーくんだったけど、でも、その時のくーくんの顔…すごく泣きそうだった。
「………くーくん、だいすき」
ぽつりとそう呟けば、とくん…と胸が震える音を鳴らす。
それから、昔よくやっていたように両手を合わせて目を閉じた。
(どうか、おれとすることで、少しでもくーくんが幸せを感じてくれますように)
実際にくーくんが何をされていたのかはしらない。
傷だらけの身体をみると、やっぱり色んなことがあったんだろうなって思う。
…ただでさえ目に見える傷があるんだから、きっとそれ以上に見えない傷もたくさんあるはずで。
「……くーくんの笑顔、見たいな…」
心の底から幸せそうに笑う彼の顔を一度でいいから見てみたい。
…瞼を持ち上げれば、元のおれがいた家よりも、というか家一個ぐらいの大きさがあるんじゃないかって思うぐらいに広い脱衣所。
きっとここもくーくんからみたら、いい思い出なんてほとんどないんだろう。
眉を下げて笑みを零しながら今までのいろんなことを思い返し、ぬおーと感情を吐き出すように変な声を漏らしつつ、床をごろごろして待つことにした。
――そうして、数十分後くらい。
唐突に、ガラガラ…と大浴場の扉が開いた。
「…っ、くーくん!!?」
戻ってきた!と暗かった心を弾ませ、ぴょこんと顔を上げて身体を起こして名前を呼ぶ。
ぎゅうってしたくて、してほしくて、ぱたぱたと浴衣の裾を揺らしながら駆け寄った。
…けど、
「…ぁ、」
そこにいたのは…くーくんじゃなかった。
明らかに背格好も雰囲気も違う、女の人。
「まだ用事の最中なんだけど、少しだけ抜け出してきちゃった」
「…澪?」
うきうきと高鳴った胸と感情が行き場を失くして、ずーんとへこむ。
「…まだ、なんだ。…そっか。…?そんなに急いでどうしたの?」
しょんぼりとしながら、いつもと違う澪の様子に首を傾げた。
なんだろう。
走ってきたのかな。
それでも、それだけが理由じゃないんじゃないかと思えるぐらいに澪の浴衣が乱れていた。
頭もまとめ上げてるわけじゃなくて、さらりと長い黒髪を垂らしている。
…そうするだけで、雰囲気が全然違う人みたいだ。
(…髪の毛が濡れてる…?)
どうして、と首をかしげると
こっちを見上げてくる瞳が、笑った。
「あのね、真冬に会ってもらいたい人がいるの」
「あってもらいたい、ひと…?」
突然の言葉に、きょとんとして目を瞬く。
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