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でも、…これ以上わがままなんて言っちゃだめだ。


「お風呂場でちゃんと待ってるから」


疑い半分憂慮半分な瞳を向けてくれるくーくんをどうにか安心させたくて、にへらと笑う。

…少しの間はなれちゃうのは嫌だけど、でも、ずっとってわけじゃないし。

それに、大事な用事もあるみたいだから、それを邪魔するわけにもいかない。

…うむ。少しなら、大丈夫…だと思う。


(というか、これ以上色々怖い雰囲気にならないようにしたいし、くーくんに嫌な思いもさせたくない。)


これが一番皆にとって良い方法なんだろうと思うから。


「…でも、」

「くーくんは心配しすぎ!おれだってもう大人なんだからな!」


ていうか、お風呂場で待ってるぐらい、ちっちゃい子どもにだってできる。

まだ凄く心配そうな表情をするのでこれ以上そんな顔をさせられないと心臓がきゅってなった。
それを表面上に出さないようにして、ちっちっち、こちとらもう子どもじゃあないんだぜ、と指を振って大人ぶる。

けど、心は悲鳴を上げていた。

行ってほしくない。
離れたくない。

傍にいてほしい。


……女の人より、おれを優先してほしい。


でも、


「……わかった。」


はぁと観念したようにため息を吐き、了承したくーくん

…に、


「…ッ、」


ドク、と鼓動が不穏な音を立てて跳ねた。

…行って良いって言ったのは自分のくせに。

それでもきっとくーくんは断ってくれるんだろうってなんとなく期待して、勝手に決めつけていたことに気づき…心底おれってどうしようもないな、って思う。

なのに口から出た言葉は、軋む心とは反対に…良かった。と嬉しそうに笑う声だった。



「…まーくん、本当に一人で寂しくない?」

「…っ、いいよ!大丈夫だから!」


まさかそんなふうに聞いてくれると思わなくて、胸が熱くなる。
泣きそうなのを見られないように、繋いでいた手をぱっと離して手を振った。



「じゃ、くーくんが用事をしてる間、お風呂場でいい子にして待ってるね!」



何かを言いたそうにしてるのを遮って、笑顔を作ってみせる。

…大丈夫だよ。おれのことは気にしないでって伝えたくて。

彼の温度が残る…その震えている手を身体の後ろで痛いくらいに強く握った。

澪とくーくんの二人の姿から逃げるように目を逸らす。


そうして、


「せめて俺が風呂場まで送ってから、」


と、それでも心配してくれるくーくんに


「だいじょーぶ!ちゃんと危ないことはしないから。くーくんはそっちで御用を頑張って!」


そう念を押し、案内してくれるらしい黒い服の人の腕を掴んで引っ張る。
そして、ひとりでお風呂場に行くことになったのだった。


――――――――


(…この時、どう思われても)

(彼を引き留めておけばよかったのに。)


……もう遅いよ。と誰かが囁いた。
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