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呼吸ができない。
思い出したくないことが、記憶の脳裏に蘇って。
――――お前なんか―――
「ごめんなさ…っ、ごめんなさい…っ、」
気づけば、口から謝罪の言葉ばかりが溢れ出ていた。
その間にもおれを非難する、罵倒する声は絶えず吐き出されていて、蒼くんが後ろ手に扉を閉める。
勝手に震え続ける身体と煩い鼓動、しんと静まり返った廊下。
「嗚呼、ごめん。綺麗なまーくんに、あんな汚いもの見せるべきじゃなかった」
そして、怯えて謝り続けるおれを安心させるように頭を撫で、ぎゅっと抱きしめられる。
……でも、その優しささえ今はもう怖い。
嫌だ。イヤダ。コワイ。
震える手で、その身体から逃れようとすれば、おれを抱きしめる腕の力がさらに強くなった。
わからない。もう、何もわからない。
「…あおい、く…っ、おれ、ごめ…っ、」
「大丈夫だから。俺は絶対に、まーくんを捨てたりしない」
なんで、蒼くんがそんなことを言うのかわからない。
友達のこんな情けない姿を見せられて、困惑、それか軽蔑してこの場から去ろうとしてもおかしくない。
今までのことも、おれのことも何も知らないはずだ。
それなのに。
……どうして、今おれが望む言葉が分かるんだろう。
声が、耳元で囁く。
「嫌なことは、忘れればいいんだよ」
「わす、れる…?」
「…うん。今見たことも全部、夢だって思えばいい」
「……ゆめ、…」
「だから、忘れて。まーくんは何も見てない、知らない。俺がずっと傍にいるから…安心して眠って」
甘い、言葉。
脳を溶かすような、言葉。
その優しい声が、その温かさが、麻薬のように心に沁みわたって徐々に身体が落ち着いていくのがわかる。
(…ああ、そうだ)
そうしよう。
ぼーっとする頭に、そんな言葉が浮かび上がる。
(…――今までだって、『そうしてきた』んだから)
そして、身体に伝わってくる温かさに感謝しながら、ゆっくりと目を閉じた。
嫌なことすべての記憶に蓋をするように。
瞼を、閉じた。
――――――――
もう、二度と思い出せないように。
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