5

ガラリとドアが開かれた。


「…ぁ…っ、」


目が、合う。


(……見つかって、しまった)


蒼くんは一瞬驚いたような表情で、硬直した。
おれもこんな状況で明るい挨拶なんかできなくて、地面にへたり込んでいた。


「ぁ…、あの…っ、」


喉の奥から声を絞り出す。
謝らないといけない。とりあえず、こんな場面を勝手に見ちゃったんだから、謝らないと。
そんな強迫観念に動かされて、震える唇を動かした。


「ご、ごめ、」


そう言葉にしようとすると、蒼くんがさっきの冷めた表情とは全く異なった表情を浮かべる。
ふわりと、いつものように優しく微笑んだ。
その笑顔が綺麗で、それが怖さを一層増幅させる。


「まーくん、探しに来てくれたんだ?」


そのいつもの表情で、あまりにもいつも通りに、嬉しそうに笑って。
何事もなかったかのようにおれの頬に触れようとするから、反射的に身体がびくりと跳ねる。


「…ひ…っ、」

「…――っ、」


おれの反応に、蒼くんは眉をピクリと動かした。
その瞳が悲しげに翳るのを見て、「ぁ…っ、ごめ、ん…、」と自分の反応を悔いた。


どうしよう。傷つけてしまった。

彼は伸ばしかけた手をとめて、ぎゅっと握った。


「なんで、そんな顔するの?」


僅かに震える声。
顔を曇らせて、まるで捨てられた子どもみたいな表情を浮かべる。

わからない。今、自分に向けられている感情の意味を理解できない。
そんな思いが蒼くんから痛いほどに伝わってくる。

動揺と戸惑いでぐちゃぐちゃなおれの視線が紫苑に向くのを見て、蒼くんが「…ああ、そういうことか」と一瞬だけ自嘲気味な笑みを浮かべた。

次の瞬間、見てるこっちの胸が締め付けられるような悲痛な顔をして、彼は歪んだ笑顔を作った。

薄く整った唇で、嗤う。


「今見た通りだよ」

「…っ、」

「わかった?まーくんに言い寄ってきた女は、あんなところで発情してる下劣な女だったんだってこと」


その”女”が、何を示しているのかはすぐに分かった。
紫苑のことを、蒼くんは言ってるんだろう。
でも、その言葉にうんなんて頷けるわけがない。



「…っ、…ッ、…なんであんたが、いつも…!!」


恨みの籠った声。

教室の中を見ると、紫苑がこっちを向いていて。


「…真冬が、いるせいで、…っ、あんたなんかがいなければ私が…っ、」


その表情がまるで。
こんなことになってるのはお前のせいだと。
お前が悪いのだと。

そう訴えるようにおれを睨み付けていて、それが怖くて手で床を押して後ずさった。



「…――ッ、ぁ…っ、ぁあ…っ」


その表情が、”誰か”と重なって、どくんと心臓が震える。

胸が苦しい。

汗が、出る。
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