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「ごめん」


ふいに耳に届いてきた蒼の謝罪の声に、ぴくりと身体が震える。
声が、その言葉とは裏腹に冷たい響きを含んでいて。
自分のせいだと分かっていても、胸がずきりと痛くなった。

俺だって、自分のあんまり好きじゃない人と蒼が仲良くなったら嫌だもんな。

それにいつも一緒に帰ってたのに、最近俊介と遊んで帰ること多い気がする。


(…自分はちょっと蒼が他の人と仲良いのを見て、あんなに悲しくなったくせに)


罪悪感に駆られながら、落ち込む。
男子生徒の勝ち誇ったような表情が視界の端に見えて、目線が下がる。

……都合の良い行動をしすぎた結果なのかもしれない。


「ううん。むしろこっちが、時間取らせてごめん。教室に戻るね」


俯いて、そう呟きながら踵を返そうとすると、

「待って」と、制止の声とともに腕を掴まれた。


「…へ?」


振り返れば、蒼が俺の腕を掴んでいる。
蒼の行動に、俺も多分男子生徒も呆気に取られた。

男子生徒に掴まれていた腕をゆっくり振りほどいたのが見える。
その動作に驚いて蒼を見ると、零れるような笑みを浮かべた。


「俺、まーくんとご飯食べたいな」

「「えっ」」


俺と男子生徒の驚きの声が、一緒になってハモった。

その蒼の台詞に酷く落ち込んだような顔で俯く男子生徒に、ああもうどうしようと困惑する。

こんな状況で「そうだな。一緒に食べに行こう」なんて言えるはずもない。

なのに。

それなのに蒼の言葉が嬉しくて、俺を選んでくれるんだと嬉しくて、つい頷いてしまいそうになる。


「…(…だめだ)」


首を振って、その気持ちをおさえた。

…嬉しい。嬉しいけど。

元々一緒に食べるって言ってたのがその男子なら、後から来た俺が蒼と食べるのは、おかしいんだろう。

なのに、それを嬉しいと思うなんて……本当に心が汚いな、俺は。


「ありがとう。でも、俺に気を遣ってくれなくても、先に約束してた方優先でいいよ。ごめん。また、メールするから」


蒼が何か言おうと口を開くのが見えた瞬間、それを遮るように言葉を出す。
もう一度謝って、腕を掴む蒼の手を振りほどいた。


「…っ、」


今、自分はどんな表情をしているんだろう。

やっぱり汚いんだと思った瞬間に、その感情がありのまま出ているだろう顔を見られたくなくて。

もしかしたら今俺がその立場になっていただろう、傷ついた顔をする男子生徒の方を見たくなくて。


……全部見ないように、見られないように顔を背けて、二人の前から走り去った。

—―――――


いつか聞いた言葉が脳裏に残ってる。

「まーくんは、心が綺麗で純粋だから」と言ってくれた蒼に嫌われたくない。

俺は心が汚かったらだめなんだ。

そう思って。
汚い心を掻き消すように、胸の辺りのワイシャツを握りしめた
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