9

舌を絡ませていれば唾液が流れ込んでくる。
触れあう舌のぬるりとした感触。
舌先に吸い付けばぶるっと震える相手の身体。


「…っ、ん゛ん…っ、はぁ…っ」

「…ッ、」


鼻から抜けるような、吐息のようなものが漏れ出て、それでも抵抗なんてできずに息も絶え絶えに俺にされるがままになっている真冬の表情を見て、歓喜に似た感覚がゾクゾクと背筋を駆け上がっていく。

抵抗する手段なんて知らないんだろう。
本当にそれくらい真冬は無抵抗だった。


「…っ、ふぇ…っ、ま…っ、ちょっ、とま…っ、…っ」

「…っ、は…っ…待たない」


相手を味わうためだけのキスだから息継ぎの感覚なんて息が限界まで苦しくなるまでしないし、気にもしてなかった。

唾液が唇の端から零れる感触。

重ねた唇を少し離した瞬間、息を吸う間もなく再び口づける。
偶然か、無意識か、すりすりと硬くなって膨らんだ股間に腿が擦れる。
お互いに股間を相手のに擦りつけるような体勢になっていて、その摩擦で余計に煽られて唾液が混じり合い、深く触れ合った。

動きに応じて零れる幼いながらに甘い声音を聞きながら、舌を追い、粘膜を擦って絡め、舐め合い続ける長い口づけのせいで脳内が酸欠になって意識が途切れそうになる。

でもそんなことどうでもいいと思えるくらい夢中だった。

クチュクチュ音をたてながら、舌同士を絡ませ続ける。

本能のまま、相手の唇と舌を貪る。


「…っ、ん、んぅ゛…っ、…はぁ、ぁ…っ、…っ、ん゛、ら、…ぐ、…――――っ、…………や…ッ、っ!」


不意に小さく震えていた真冬の身体がビクン、と大きく跳ねて

その直後、ガリ、と強く舌をかまれた。


「…っ、」


口の中に広がる濃い鉄の味。

唇を離した瞬間、真冬の手が突き放すように俺の胸を押して離れた。
力が入らないらしくすごい弱々しい力だったけど、それは俺の行動を一旦止めさせるには充分だった。


(…苦しい…)


すぐには肺に空気が入らない。
今までの人生で一番足りないだろう酸素を求めて肩を上下させながら呼吸を整える。


少し落ち着いてきた頃に、顎に零れた唾液を腕で拭いながら視線を動かす。

真冬の方を見ると、ちょっと離れた場所で床にしゃがみこむような姿勢で荒く呼吸をしていた。


「……はぁ…っ、は…っ、ぁ…っ」


ずっと唇を塞がれててうまく呼吸ができなくて飲みこめないらしく、その濡れた唇の端からは今も唾液が少し零れている。


(…エロい)


そんな姿にもズクン、と何か腰の深いところにクるものがあって必死に目を逸らす。


「…ごめん…」


真冬が落ち着くのを待って、…何度も何度も色々謝罪の言葉を考えて、結局出てきたのはこんな言葉で。


(…とまらなかった)


むしろあの時はやめようという思考さえなかった気がする。
…完全に自分の本能のままに動いていた。

(…まだ、感触が残ってる)

唇に触れて夢じゃなかったんだと実感しながら、触れた手をぎゅっと握って少し離れた場所で震える真冬を見つめる。

俺には何の弁明の余地もない。

…真冬の呼吸がある程度安定するのを待ち終えるまでの時間は、自分の思考を完全に冷静にさせるには充分な時間だった。


「…っ、まってっていったのに…」

「…ごめん」


俺に対して横を向いたまま床に座り込んだ状態の真冬が怒ったような声で、少し震える声で強く俺を責める言葉を吐いた。

明らかに泣きそうになっている雰囲気に、瞳を伏せる。

(……嗚呼もう、また真冬を泣かせた)

今までのこととはわけが違う。
冗談ではすまない。
…こんなことまでして真冬に許してもらえるわけがない。


「…っ、ふぇぇ…っ、くーくんのばかぁ…っ」

「…うん。ごめん…」

「…ひっく…っ、ひぐ…っ」


顔を覆ってついにしゃくりあげて泣きだしてしまった真冬の姿に胸が痛む。
prev next


[back][TOP]栞を挟む