10

…ぼろぼろと目から大粒を出して泣くのを見て、やっと自分がしたことの大きさを知った。
手で顔を覆っているにも関わらず目から零れた涙が手を伝って床に落ちていく。

部屋の中でひたすら響く嗚咽まじりの涙声。


(…、何やってるんだ…俺…キスするなんて、)


それも女じゃない。
…真冬は男なのに。


自分で自分が信じられない。

許してもらえるなんて思ってもないけど、真冬にしたら…色々助けてあげたのにその恩をこんな感じで返されて、しかも好きでもない同じ性別のヤツにキスされたんだから、すごく最悪な気分だろう。

…それでもしたことを後悔してるのかって聞かれたら後悔しないって答えるだろう自分の気持ちに複雑な気持ちになる。


「…っ、ばかぁ…っ、くーくん…ひど、い…っ」

「…っ、ごめん」



謝るだけしか俺にはできなくて、

”くーくんがそばにいるからだいじょうぶ”って言って笑ってくれた真冬を裏切るようなことをした自分にはさっきみたいに慰めることなんてできない。


「…本当にごめん。…俺、すぐ出ていくから…」


もう俺のことなんか視界にも映したくないだろう。
そう思って「…助けてくれてありがとう。嬉しかった」と多分ここに来て初めて呟いた感謝の言葉を告げて腰を上げる。



「…パジャマとかはしばらく借りることになるけど、また新しいのを…ああ、でも俺に会いたくないんだったら…」

「…っ、ま、まって…っ」



もう流石に終わってるだろうとドアの方に歩いていこうとすると、くい、と腰の方が下に下がって少しバランスを崩しそうになる。

真冬にそこの部分を掴まれたんだとすぐに気づいた。

振り返ると、涙をボロボロ零して目の周りを真っ赤にした真冬の瞳が見上げてくる。


「…まって…」

「……」


…やっぱり、何か罰を受けないといけないよな。

出ていくなんてそんな軽いことじゃ気分がおさまるはずがない。


そう思ってどんな言葉も受け止めようとじっとその顔を見つめ返す。


(……?)


でもすぐに何か様子がおかしいことに気づいた。
両手がずぼんをおさえて視線がもじもじとしている。



「…真冬?どうかした?」

「…っ、ふぇ…っ」



しゃがみこんで視線を合わせると、ずぼんの一部分を掴んでいた両手をこっちに伸ばしてくる。
責められると思ったのに何故か縋るようなその行動にわけがわからなくなって、震える唇で必死に何かを言おうとしている真冬に、優しい口調で「何?」と聞き返した。


すると、


頬を赤く染めてぶわっと今まで以上に涙を流した真冬が、ひっくとしゃくりあげて「どう、しよ…っ」と戸惑ったような表情で見上げてくる。



「…っ、ひぅ…っ、お…おもら…しちゃった…っ、」


(……)


一瞬何を言ってるのか理解できない。


「……え」

「どうしよう…っ、ぐーぐん…っ、おも、おもらししちゃったぁああ…っ」

「……………」


このタイミングでそんな予想外な言葉で助けを求められて、それを脳内で意味を処理するのに少し時間を要する。


(……え、今何ていった…?)


おもらし…?


…まさか漏らしたって理由で今あんなに泣いてたのか。


俺がキスしたせいじゃなくて…?


状況についていけなくて、すぐには言葉が返せなかった。
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