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綺麗な顔が、今にも限界だと悲鳴を上げているように。
「…まーくん、」
まーくん、と何度もおれの名を呼び、縋るように頬に手が触れる。
「…っ、なん、で…」と絞り出すように吐き出された声音に、その視線が向いた場所を見て、心が張り裂けそうになった。
おれのこと好きじゃないのに。
おれのこと好きじゃないくせに。
…おれじゃなくて 澪に、全部あげちゃったくせに。
(…嘘つき、)
一度開きかけた唇を閉じ、躊躇いがちに言葉を零す。
「ただ、くーくんに喜んでほしくて、」
「…俺が、喜ぶ…?」
「うん」
頷く。
にへらと笑ってみて、今自分が発した言葉に…ああそうなんだとなぜか自分でぼんやり納得した。
くーくんに好きになってほしかったんだって。
何でもいいから、くーくんにおれを見てほしかったんだって気づいた。
こんなに好きなのに。
澪よりも、誰よりもくーくんが必要で、くーくんしかいないのに。
…でも、おれのそんな気持ちなんて関係ない。
好きだからって理由で相手も好きになってくれるのなら、きっとくーくんの一番は澪にならなかった。
「なんで、こんなことして……俺が喜ぶと本気で思った?」
「……」
酷く震えているように聞こえた声に、きっとそう感じるのは錯覚だろうと思い込む。
自分の行動が責められた気がして、鼓動が歪んだ。
なんで、なんで、なんで。
おれが聞きたい。
そんなの、おれが、くーくんに。
(…なんで、おれはいつも誰かの特別になれないんだろう)
…おれを好きじゃないなら、心配してるふりなんかしないで。優しくしないで。もう、これ以上好きにさせないで。
そうやって、まだおれのことが大事みたいに振る舞おうとするくーくんに、けどそんなはずはないとぎこちなく微笑んだ。
「くーくんの、きらいなばしょだから」
「…え、?」
ひりひりする胸も
殴られたらしい頭も
変な感覚がこびりついてるちんちんも
まるで何かにずっと押し広げられていたように痛むお尻…それから、その、腹の奥も、
…何度も、誰かに沢山触られたらしい身体全部がくーくんを苦しめてるって知ってる。
だから、
「おれがぐちゃぐちゃに傷つけば、くーくんが幸せになれるかなって」
「……っ、」
だって…おれを見るくーくんはいつだって辛そうだった。
怪我をしてる場所、変な跡がたくさんついてる場所。
抱き締めてくれる。優しくしてくれる。
それに、凄く心配してくれてる。
……だけど、でも、それ以上にそこが見えるたびにくーくんを傷つけてるのはわかっていた。
(上書きすれば、きっと喜んでくれる)
その誰かにされた場所をおれがもっと抉って、壊して、めちゃくちゃにすれば…好きになってくれるかもしれない。
「くーくんの嫌いなものは、全部おれが消すから」
へへ、どうだ。と誇らしげにへらっと笑う。
…だから、お願いだから、また昔みたいに戻って
おれを一番にして。好きって言って。捨てないで。
醜い感情が、また彼を追い詰めようとする。
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