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………

………………………


…何を、していたかはあまり覚えていない。

どうしてたっけ。何だっけ。


「…痛い、」


ぽつりと、声が零れた。
迷子で、空虚に震えている音に…あはは、と笑ってしまう。

本当は二人で行くはずだった大浴場にいる予定だったのに、今いるのは部屋にある小さな洗面台。

ぼたぼたと、腕から血が流れて床に落ちている。
…手にある小さな刃物で、思い切り腕の皮を引き裂いた跡。

せっかくあんなに丁寧に巻いてくれた包帯が、みるみるうちに真っ赤に染まってしまった。

びりびり。どろどろ。ぼたぼた。

大きな波に痛みを生じ、頭がおかしくなるほどの心臓の捻じれが少しだけ麻痺したような気がした。
気持ちの混乱が、ほんの少しなくなって冷静になる。

(…あと、どこを触られたんだろう)

浴衣を捲り上げた。
刃物を振り上げ、狙いを定める。


…と、


「っ、?!何、して――っ、」


声が、聞こえた。
驚愕と、悲嘆と、絶望と、悲痛と、

叫ぶような声と同時、手に持っていた刃物が奪われた。
放り捨てたのか、カランカランとどこかに当たる音がする。

え、と驚いている間に抱き締められ、バランスを崩して床に倒れた。
背中が、痛い。結構強く打ったから肺が一瞬苦しくなった。

…背に回された腕と、抱擁してくる身体。
黒くさらさらとした髪と、愛しい香り。


「…どうしたの…?」

「……っ、」


声はない。

ただひたすらに、今まで以上に長く抱き締めてくるから、窒息するかと思った。

…そして、どうしてか震えている。
速く乱れた心臓の動きと呼吸、異様な身体の震えが直に伝わってくる。


「くーくん…?」


戸惑い、声をかけ続けていれば…ようやく、おれの背に回っていた腕の力が緩んだ。
ゆっくりと、珍しいほどに鈍い動作で身体を起こした彼を見上げて…息を呑む。


「――…」


酷く、泣きそうな顔をしていた。
押し倒したままおれを見下ろすくーくんの顔が、これでもかってほど泣きそうに歪んでいた。
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