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でも、それを発したのは板本君ではなく、確かに男達の中から聞こえた。
呆然と見上げる俺の前まで辿り着くと、「俺のだから嫌かもしれないけど」とコートをかけてくれる。
自分の身体より少し大きめのコート、蒼の香りと温もりを感じられることが幸せで涙が滲んだ。
「い、嫌なわけ、ない…っ、それより、蒼の服が、汚れちゃう、から」
「そんなこと気にしないよ。まーくんが使ってくれる方が嬉しい」
困ったように、心配したように目を細めて微笑む彼に「あり、がと…」またぼろぼろと涙が伝う。
蒼は「ちょっとだけ、待ってて」と声をかけて、近くにいる男の方に近づいていく。
距離を詰められた男は、ぎり、と歯を食いしばって後退した。
「な、何で蒼様がここに…っ、でも俺達は蒼様のために…っ」
「知らないよ。お前らなんか」
男の言うことには耳も貸さずに、血も凍りそうな冷たい声が切り捨てる。
その声音の温度の低さに、思わず恐怖で震えた。
「許してほしい?」
不意に零れるような笑みを浮かべた蒼に、その正面にいた男は何故か頬を赤らめ、ぶんぶんと首を縦に振る。
「ゆ、許して下さ…っ」
「――まぁどっちにしろ、殺すって決めてるんだけど」
救われるのか、と顔を明るくした男に、蒼の目が不機嫌に細められた。
言い終わる前に、刃の放つ光が弧を描く。
「そんな、あおいさ…っ!!ぎ…っ」
優雅な動作で近づき、ナイフを刺しては抜いていく。
刺すだけじゃなくて、時々は内部を抉るように突き刺してナイフをねじった。
……そこからは、すべてが一瞬の出来事のように感じた。
夢を見ているのかと、思った。
耳をつんざくような悲鳴。
さっきまで得意げに笑みを浮かべていた男たちの、一転して苦痛と絶望にまみれた声。
『蒼様』
『なんで、俺たちを』
『誰か、助けて』
そういう類の叫びが、聞こえた。
目の前で繰り広げられる光景に、息を呑む。
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