きっと、永遠に手にはいらない
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『今日委員会があるから先に帰ってて』とメールは来ていたけど、勿論一緒に帰りたいから待っていた。
…あまりにも遅いから心配になって教室に行ってみれば、…知らない女に抱き付かれていた。
無視してるのに無理やりついてきた女が「最近睦月と真冬くん仲良いんだから」と笑う。
まーくんは否定しない。
それどころか、俺がいることに気づく前、…女に抱き付かれて顔を赤くしていた。
だから、全然乗り気になれない女の誘いを受けたふりをする。
…一秒でも早くこの場からいなくなりたかった。
まーくんに背を向け、女と歩く。
「…っ、」
壁を曲がり切ったところで、思わず口元を抑える。
平衡感覚を失うほどの、嘔吐感。
壁に肩をもたれかけさせ、ずるりと床に崩れるようにして座り込んだ。
俺が視線を逸らした時、まーくんの瞳は困惑を示していたけど、それ以上の感情は見えなかった。
「…はは、いつも俺だけ…」
苦笑する。心臓が痛い。苦しい。嘔吐してしまいそうな苦しさに、泣きたくなる。
(まーくんはどうでもいいんだ。俺のことなんて)
「蒼くん…っ?」
「……」
まーくんとは似ても似つかない。耳障りな声が、俺を呼ぶ。
「真冬くんといるときの蒼くんって泣きそうな顔ばっかりだよね」
『私だったらそんな顔させないよ?』と見当違いなことを口にして、抱き締めるように身体に腕を回してくる。
濃い香水の匂い。粘ついた欲求に満ちた台詞。
「…だから、ね。私と…」
「うるさい」
吐き気を堪え、声を絞り出す。
思ったよりも唇から零れた声は小さくて、相手には苦し紛れに吐き出した声に思われたらしい。
絡んだ腕は力を増し、「逃げたらいいじゃん。そんなに苦しいなら、私が傍にいるから」なんて耳元で言われた言葉に、「…っ、」今度こそ我慢できなかった。
『傍にいる』
まーくんと、昔にした約束。
ずっと、一緒にいるって…指きりをした。
「お前なんかいらない」
突き放す。
腕を振り払う。
どれだけ苦しくても、この痛みはまーくんのことを好きな証拠だから。
…それに、俺は、…俺が幸せになりたくてまーくんの傍に戻ってきたわけじゃない。
幸せになってほしくて、昔みたいな柔らかい笑顔で笑ってほしくて一緒にいるだけだから、…それ以上は望まない。望んでない。…はずだ。
「…俺は、」
冷たく突き放そうと、女の方を見て…その更に後ろの方に微かに見えた姿に…目を見開く。
(…追いかけて、きてくれたのか)
心臓が高鳴るのを感じた。鼓動が高まる。歓喜。
まーくんと目が合って、瞬間気が緩む。頬が綻ぶ。
…だからこそ、目の前の女の動向に気づけなかった。
「っ、」
唇が、触れる。
揺れる長い髪。
頬に触れた手と、まーくんの姿を隠すように女の姿が視界一面に見えた。
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「真冬より私を選んで」と囁く女に、もう全部消えてなくなればいいのにと心底思った。
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