26

どうして思いつかなかったんだろう。
こんなに簡単なことなのに。

吐息を零し、上半身を起こす。

滑らかで、目に染み入るような白い首に 触れる。
なぞるように指先で撫で、覆うように左右から手で包 んで


「……………」

「……っ゛、」


……躊躇うことなく、力を入れた。

ぐ、と少しずつ締める力を強くしていくと、ドクドクと手の中で悲鳴を上げる血管。

ぽたぽたと涙を零しながら、こうしてるのはおれなのに、まるでそれを自分が望んでいないかのように振る舞う。

被害者ぶった自己嫌悪。

気管支を閉じるようにすれば、苦しみに僅かに漏れた声に、一瞬怯みそうになる。

……このまま奪い取ってしまえば、くーくんの全部がおれのものになる。

これから、くーくんと澪が幸せそうに笑い合うのを見ずに済む。

くーくんをとられたくなくて、汚されたくなくて、お母さんを―――した時みたいに。

そうすれば、

おれ は  ずっと  くーくん  と一緒 に


「…――――ぇ、?」


ふいに涙が目から零れ落ちて、見えた光景。

目に映ったものに、脳を揺さぶられたような感覚に陥った。

泣きながら首を絞めるおれを見る彼の目に、予想していた感情はひとつもない。

こんな身勝手な理由で殺そうとする、自分を苦しめている相手を憎んでも、軽蔑してもいいはずなのに。


(……な、んで…、)


抵抗しようという意思は微塵も感じられない。

それどころか、


「―――っ、」


微かな苦痛を滲ませながら
その冷たく美しい顔に、綻ぶような笑みを浮かべたことに気づき、


「……っ、…ぁ…」


……――ゾクッ、とした。


(…なに、…なん、で……)

官能的なほど、自分の中の全てを掌握されているような、得体の知れない恐怖に震える。

…と、苦しそうに咳きこむ音と跨っている肌越しに伝わるそれに伴う身体の反応で、ハタと我に返る。
いつの間にか手の力が、緩んでいたらしい。

僅かに顔を背け、首が解放されたことによって酸素を吸い込んでいるくーくんを見下ろし、…実感、した。

……そこに残る、赤い手痕。

足が竦み、血の気が引いてくる。

残る感触。締めた感覚。ドクドクと脈打つ血管。苦しみに零れる声。
拒まれないことを良いことに、恐ろしいことをしていた身体に震える。

(…おれ、今何考えてた…?)

異常性に、震えた。
嫉妬心。独占欲。醜い以上に、汚らわしい感情。

感情のままに、自分のためならくーくんを殺してもいい…、くーくんが、死んでも良いって思った。


(…何、考えて…、おれ…)


そんなこと、一瞬たりとも考えてはいけないことなのに。

自分の感情のままに、くーくんを巻き込んで。

最初は好きで。
最終的には嫌な思いをさせたくて、した。

…頭のおかしい、酷いことまで考えた。

それに…澪にも、迷惑をかけた。
すぐそこに澪がいたのに、それにも構わず部屋に無理やり引き入れて、こうして口づけて。

首まで、絞めた。

…やっと、今頃になって自分の行動を客観視できて、血の気が引く。
震え、崩れ落ちるようにして、その身体の上から退いた。


「…ごめ…っ、」

『ごめんなさい、』


最早習性で、そう謝ろうとした言葉を止める。

謝っただけで許されるはずがない。

わからない。
自分を、とめられなかった。

ここまで、自分が制御できないことなんてなかった。
そのはずなのに、勝手に身体が動いていて、気づいたらくーくんに酷いことばかりしていた。
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