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はだけている着物。
美しい身体を僅かに起こした彼に、心を捕らえられる。
まるでおれがここに来るってわかっていたみたいに、見透かしたような瞳で。


……ああ、どれだけ、おれの心をめちゃくちゃにすれば気が済むのだろうと、思った。


けれど、くーくんは何も言わない。
今度は焦った様子もない。



「愛してるよ、澪」

「…っ、」

「ァ、ぁあァァ…っ、ァん゛ぅっ、…ッ、うれ、れし、ぃい…っ、ァ、…っ!!ぁ、わた、…っ、わだ、じ…っ、も、まら゛イグ、…ッ!!ぁん゛、ぉお゛…っ、ぞれ゛、っ、すご、すぎぃ、イッちゃ、ゔ、ぅ…っ!!」



優しく甘やかな声で愛を囁きながら力強く腰を振る動きに合わせて歓喜し鳴る音は、喘ぎ響く嬌声は留まることを知らずに背を反らし、身を震わせている。

繰り返されるピストン運動。
打ち付けが、速くなる。

澪の淫らな声が大きくなり、絶頂か、気持ちよさそうに快楽の刻む苦悶の顔で息を弾ませた。
普段とまるで別人としか思えないほど高揚し、淫女のように尻を突き上げて、彼の腰元に…結合部に押し付けながら痙攣している。


「……っ、は、はは…」


言葉を失い、笑ってしまう。

もう、嫌だ、と首を左右に振り、自死した方がマシだと思うほどに悲鳴を上げる身体を庇った。
耳を塞ぎ、後ずさる。

羨ましい。
  羨ましい。
                羨ましい。

おれが欲しい言葉をかけられて
おれが欲しい感情を得ながら

頬を薄紅に染め、その甘い極上の悦びに身を委ね、受け入れている澪の姿。

自分をそこに重ねて、届かない手に更に絶望に落ちる。
昼に返した言葉が、自分をどうしようもないほどに苦しめる。

前みたいにすぐに逃げ出してしまえばいいのに。
足は地面に縫い付けられているように動かない。

あれほど、傍にいることを望むように引き留めてきた彼の表情は

おれが、こうなることを選んだのだと、…そう告げていた。

……これは、永遠に嬲られ続ける地獄で、終わらない罰。


「ぁ、ぅえ゛…っ、」


嘔吐する。
悪心とか、吐くかも、とかそういう感情なく、せり上げてきた胃の中のものが手の平に零れて床に落ちた。


「ぁ、あ、ぁあ…っ、は、…っ、はぁ…っ、げ…っ、」


段々浅くなる呼吸にあっという間に手足が痺れ、膝から床に崩れ落ちる。

うまく息ができない。

抱き締めてくれる身体は傍にない。
安心させてくれるはずの声は、別の人間に向けられている。

その情景が目に焼き付いて、ただ、それだけしかできない人形のように僅かな息をし、咽び、涙を落とした。


――――――――――――


……気づいたら、元の部屋の景色が見える。

天井を見上げて、薄い意識でまた笑った。

帰ってくる。
すぐに、きてくれるはずだから。

おれがいないと生きていけないって言ってくれたのはくーくんなんだから。


(だから、おれを一人にするはずがない……――)


けど、そんな願いも空しく

その夜  彼は戻ってこなかった。


涙が枯れるほど求めて、欲して、願って、泣いて 泣いて 泣きはらして、

おれの心が、完全に壊れたのを感じた。


――――

池の中で泳ぐ魚。

それと同じようにおれも
自らの意思によって生きているように見えて、…枠の中に囚われて、餌をもらえないといきていけない。
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