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もしかして、何かあったのだろうか。
「…(ぁ…)、」
問おうと、出ない声を無理して引き出そうとした瞬間
少し離れた場所から、聞き覚えのある誰かの声が聞こえた。
「あら、蒼。貴方、まだその子と遊んでいたの?」
「――…椿」
無意識なのか、俺を抱きかかえる蒼の手に力が入るのを感じた。
その力は痛いほどで。
(つばき、さん…?)
ミシミシと木の板が軋むような音とともに、蒼の血の匂いに混じって、あの独特の匂いが漂ってくる。
高く、歌うような声がすぐ近くで聞こえた。
「ああ、もう、こんなになって」
「……」
「手枷の跡に、目隠し。この子に見惚れるほど似合ってるわね。顔も好みだし、私が飼ってあげましょうか」
興奮からか上擦った声が聞こえてくる。
その声は、やはり男のものには聞こえない。
あの時の耳元で囁かれた声が夢だったかのような錯覚に陥る。
そして、その”彼女”の言葉の意味を理解して。
…この屋敷には、まともな思考の人間がいないんだと改めて知った。
今の自分の格好も大分まともではないんだろうけど。
こんな状態の俺を見て、”飼う”なんて発想自体がどこかおかしい。
頬にふわりと何かが触れる。
冷たい指、のような感触。
あまりの冷たさに、背筋がひやりと凍るような寒気がした。
「…――ッ」
指が、目隠しの布の上をなぞる。
瞼に触れるか触れないかの位置にあるそれが怖い。
「椿には、俺がいるだろ」
「あら、ヤキモチ?可愛いこと言ってくれるじゃない、ふふ」
すっとその手から俺を遠ざけるように、蒼が一歩下がる。
椿さんの嬉しそうな声が、笑った。
「そんな顔しないで。私は蒼が一番のお気に入りなんだから。いつもみたいに、なぎって呼んでくれてもいいのよ?」
「後で部屋に行くから。…だから、今は退いてくれませんか」
「私たちの関係で今更敬語だなんて、冷たいのね。そこがいいところでもあるのだけど」
「……なぎ」
小さく訴える様な…でも何の感情もこもってない様なそんな呟きに、はぁとため息をつく気配がした。
「まぁ、今日のところは許してあげましょう。その子といるのも、あと数日でしょうから」
「……」
頭上で繰り広げられる言葉の内容が、耳の左から右に通り過ぎていく。
今、なんて言った…?
(…あと、数日…?)
「ねぇ、蒼?あなたはいつまで同じことを繰り返すのかしら」
声が、さらに近くなった。
その含みのある声に、耳を澄ませる。
嫌に冷たい風が頬を撫でる。
ミシ、と木の軋むような音がした。
「だって、今までは」
「――ッ、やめ、」
椿さんの言葉を遮るように、小さく焦りを滲ませた声。
その声に反応したのか、椿さんの声が止まる。
「ふふ。やっぱり、私は蒼のそういう表情が一番好きよ」
蒼は今どんな顔をしてるんだろう。
見えない俺には、それを知る手段もなかった。
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