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何かの鳴き声が聞こえるとともに、夜の気配を身体で感じる。

(……今の蒼なら、大丈夫かもしれない)

そう思って、床の上に置いた手をぎゅっと握りしめて、おずおずとためらいがちに口を開いた。

「あの…、」

まだ掠れて、うまく出ない声で小さく呟く。


「何?」

「…これ、……はずしてもいい……?」


目を覆っている布を指さすと、何の返答も返ってこなくて。
ただ聞こえる風の音に、もしかして怒らせたのかと思って、慌てて弁解しようとした。


「……」

「あ、あお、」

「――だめだよ。ぜったい、だめ」


それを遮る、静かなのに何故か強い口調にどきっとして唾を飲む。
なんで、と言おうと唇を動かした瞬間、ふ、と笑いを含んだ声が耳に届いた。


「とらないほうが、まーくんにとっては幸せだと思うから」

勿論、俺にとっても。

そう呟く声は、風にかき消されそうなほど小さかった。

それと同時に、蒼も知らぬ間に消えてしまいそうで、思わず手探りで彼の存在を探す。
服らしきものに触れた瞬間、ぽつりと呟く声が聞こえる。


「……から」

「…へ…?」


その自嘲気味に呟かれた言葉が、耳に届いて。
呆然とする俺の頬に手で優しく触れて、彼は言葉を零す。


「冷たくなってる。……付き合わせて、ごめん」


その声はひどく寂しげで。
とりあえずその言葉に、首を横に振る。
何か言わないと、と頭の中でぐるぐるして、不意にずっと気になってたことを言おうとして、口ごもった。


「あの、…」

「……」

「…何か、あった?」


いつの間にか蒼が負っていた怪我のことも含めて、そう問いかけてみると、一瞬驚いたように息を呑む気配がした。
何でそんなに驚いたんだろうと不思議に思って、彼のいるだろう方向に目を向ける。


「……何も、なかった」


動揺を隠しきれていない声が、小さくそう言葉を紡ぐ。
…やっぱり、教えてくれないんだ。
今の自分の心は何故かひどく穏やかで、まるでこうしていると昨日までのことが全部夢だったんじゃないかと思えてしまう。
でも、身体に残る酷く甘い倦怠感と痛みが、それを現実だと告げている。



「ごめん。まーくんを守れなかった」


突然の謝罪に、何を謝っているのかと首を傾げる。
……と、脇腹に何かが触れる感触がして、それが手だと気づくと同時にその意味を理解した。

そこは、男に蹴られた場所。

本当に申し訳なさそうに呟く声に、ふるふると首を振る。
そもそも、鍵を開けた俺が悪いんだと自分自身理解している。


「…戻ろうか」

「……うん」


俺を抱き上げようとする蒼に、自分で歩きたいと訴えるように首を振ると
珍しく素直に反対せずに、俺の手を引いてくれた。

きゅっと握り返して、歩く。
その手に安堵しながら、さっき風の音に混じって耳に届いた言葉が脳裏によぎる。
心臓が、嫌な音を立てた。

――――――――

『もうすぐ、いなくなるから』

確かに、そう呟いた蒼の声が聞こえた。

……いなくなるのは、誰?
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