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デートの時はいつも紳士的なエスコートをしてくれるとか、
足をくじいたときに何も言わずに王子様みたいにお姫様だっこしてくれたとか、

……惚気話を頭が痛くなるくらい聞かされた。


恋や愛に浸り、幸せな未来に一直線という人間を見るのは、正直今の自分にはつらい。

あんな別れ方をしていなければ、弟と彼女が並ぶ姿を見ることができたんだろうかと、ありもしない未来の思慮に耽ってしまう。


(……そんなもの、考えたところで意味がない)


とりあえず、誰か使用人発端の質問から始まった奥様の話(初めて蒼様と会った時の話)をまとめるとこんな感じだった。


・蒼様と奥様が出会ったのは、小学4年生の冬
・蒼様はそのころ、表情ひとつ動かさない実物大の人形のような少年だった。
・雪景色の中、屋敷で見た蒼様の姿に見惚れ、まるで運命が引き寄せ合うような出会いと衝撃だった(色々語っていた情熱な愛の詳細は割愛)
・蒼様は、奥様の初恋だった。


「蒼も私のことがずっと好きだったのに、全然言ってくれなかったのよ…!」


今となってはもういいけれど、と。
嬉し恥ずかし、されど怒ってみせているといった仕草をする。

長々と語られる奥様の話によると、蒼様も奥様が初恋だったらしい。

何故初恋同士だとわかったのかというと、

屋敷を訪れた際に紹介され、澪様と話をした頃から蒼様は変わったらしい。

どう違うのかについては奥様の発する言葉の内容が難しかったが、とにかく明らかに何かが「変わった」のだと。


「感情という俗物なものをもたない綺麗なお人形さんだった蒼も凄く凄く綺麗で素敵で、…皆様が見れば絶対に持ち帰りしたくなります」


まさに今そこに。
奥様が庭の向こう側の屋敷の方…向けた視線の先に『彼』がいるかのような表情で想いを馳せている。


「だって、あの見た目ですもの。私は美しい少年の形をした人形だと信じて疑いませんでした。動き、お話をされている御様子を拝見しても尚、『そういう物』を作れるようになったんだと思っていました」


語り口調から、今浮かべている表情から、その時の奥様の様子が容易に想像できた。

小学四年生の少女が、雪の降る屋敷の庭で初めて目にした少年に見惚れている情景。

そこらへんの店で売っている人形とは違う。
等身大で人間のように動く、決して人ではない作り物。

おそらく部品などの機械でできたアンドロイドとも違うのかもしれない。

まだ幼い少女だからこそありえる、メルヘンチックな思考だ。
蒼様の実物を全く拝めていないから今はまだ理解はできないが、奥様がそこまで言うなら相当の容姿の人なんだろう。


「その後教えられてきちんと理解はしたんですよ。それでも、理解はできても納得はできなくて、ここで働いている使用人に幾度も確認してしまったりしましたけど。あの御方は本当に人形じゃないのかって。生きているのかって」


うふふ、と楽しそうに思い出を振り返って「ですが、諦めきれなくて」と、口惜しそうに話す。


「ずっと夢見ていた理想以上の王子様なのに何故買えないのかって抗議して、何度も何度も持ち帰りたいって散々お父様にお願いもしました」


にこにこと笑ってさりげなくやばい発言をする奥様は、当たり前のことのように話を続ける。

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