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たとえ一目ぼれだとしても、人様の家の少年を、『買いたい』『持ち帰りたい』って普通そのくらいの年頃の少女が簡単に言ってもいいのだろうか。


小学生だとその思考になってもおかしくないのか…?


良くも悪くもお金持ちのお嬢様だからできることなのかもしれない。
幸い、持ち帰ること自体は叶わなかったようでほっとする。


「そうしてしまうくらい唯一無二の、神様が格別に愛を込めながら手懸けて作ってくださった御方なんです」と奥様はその時の蒼様を人形として手に入れる方法があれば、または保管する方法が存在すれば、本当にそうしてしまったんじゃないかとこっちがびびるくらいの熱いまなざしで語っていた。

実際に見ていないことを考慮しても、流石に自分がそんな犯罪をするとは考えられない。

しかし、彼女の中では奥様だけでなく僕らも幼い少年だった蒼様を誘拐するだろうことが決定事項になっていた。


「写真なら蒼のお父様に頂いたものもあるので、アルバムごとにわけて持っていますから後でお見せしますね」と、可愛いで済ませていいのかわからない奥様の発言と表情に、僕は愛想笑いしながらも引いてばかりだった。

どういう分類でわけたアルバムなんだろうと気になっても聞いてはいけないような気がする。


「それで……何故蒼の初恋相手が私だとわかったのかというお話ですが、」


少し表情を引き締めて、本題であることを示すために真面目に声を落とす。

僕も同様、つられるように背筋を伸ばした。


「先ほども申し上げた通り。心緒のない蒼は喜びも悲しみも怒りも哀れみも何も感じることがなく、お人形さんの如く有り余る愛情を沢山注いで部屋に飾っておきたいほど完璧な美少年様でいらっしゃったのです」


自分の発言がどう思われるか。
使用人に対してそんなことは気にしないと考えているのか、妄執に取り付かれたような恋着をその唇から零し、…浅く息を吐く。


「だからこそ、その相手に相応しい人間に巡り合ったあの日……そうなることはきっと、初めから決まっていたことだったのでしょうね」

「……?」

「彼を人たらしめる…今でも心を捉えて離さないような好ましい変化があったのは、私と会った頃あたりからなんです」


『完璧なお姿のお人形さんから変わった蒼が、私の王子様や好みっていう嗜好以上に、絶対に手に入れたい最高の〈モノ〉になったのは』


そう言いたげに並々ならぬ想いを連ねていく奥様の頭の中は、これが両想いでなければ逮捕されかねない思考だった。

初めて奥様を見た時とは完全にイメージが変わってしまった。
いや、第一印象なんてあてにならないことはわかっていた。

だが、それでもここまで一般的な思考から外れた愛情(と呼んでいいのか)表現を言葉にする人間の考え方に納得することは永久にできないだろう。

少女の純粋な恋とは言い切れないような……泥を手で取ったような恋愛話の内容は、僕には理解できない境地にまで達していた。


「次に蒼を見た時の…彼の表情が忘れられなくて、……ずっと残っているんです」


胸のあたりに手をあて、頬を染める。
高揚と昂奮を抑えきれないように、熱っぽい吐息を零した。


「初めてお目にかかった時には絶対にできなかったであろう御顔。……痛み、悲しみ、寂しさ、喜び、愛おしさ、全てを複雑に含んでいらっしゃるような美しい御顔を拝見して、……ああ、やはりと胸が震えました」


あの逢着は 運命だったのだと、と続けた。
雪景色の中、屋敷で最初に見たのは私じゃない。彼の方が先に私を見つけたのだと、そう彼女は誇らしげにつぶやいた。


「それから彼は綺麗な入れ物としての形だけでなく、本当に少しずつですが心の内を…感情を見せてくれるようになりました」


彼女は、祈るように手を組み、傾倒している眼差しで語っていた。


―――あの日、蒼と私が出会った瞬間に物語は始まったのだと。

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