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……………
部屋も大変気に入った。
初めて過ごしてみるものの、憧れていた通りやはり和室は良いな。
屋敷全体から見ればほんの小さな一室なのだろうが、このような素晴らしい部屋を使わせて頂けるのかと感銘を受けた。
木材の匂いも風流でいい。
そろそろ風呂の時間だと、タオルと洋服を手に立ち上がる。
「ぅお、」
(……こ、怖……、)
一歩部屋を出る。
当たり前だが日はとっくに沈み、暗い闇が屋敷を包み込んでいた。
他の使用人も住み込みのはずだが、物音ひとつしない。
本当に、ここに人は住んでいるのか。
生きている人はいますかと助けを求めたくなる、ホラー映画の中にいる感覚。
誰かいませんかと声を出したいが、さすがに叫んだらまずい。
使用人が、しかも立派な大人がおかしな行動をしていたら即刻クビになる。
(……僕の家の数百倍広い…)
家の図面を見ていてもこれは迷っても仕方がないだろうと思う。
昼間ならまだしも、今は陽が落ちているせいで廊下と庭を照らすお洒落な灯りが見えるだけだ。
歩くのに支障がないくらいの明るさはある。
けど、ぐるぐると似たようなところを歩いている気がする。
池の水が流れる音。
鹿脅しの音。
不気味な迷路にでも迷い込んだような感覚に陥る。
スマホは全員雇用時に回収されてしまったから、音楽をかけて気を紛らわすことも不可能だ。
時間が遅くなればなるほど、使用人は割り当てられた時間制の入浴だからゆっくり湯に浸かれなくなってしまう。
(…何故、誰にも会わないんだ)
そうすれば道も尋ねられるというのに。
だが、見つけて聞いたところで指導者含め、僕はこの恐れに似た違和感をぬぐうことができないだろう。
……入職早々、色々と腑に落ちない点はある。
執事長も、指導者もロボットみたいだったこともそうだ。
屋敷の使用人としてはイチャモンの付け所がないぐらい完璧な仕事ぶりだ。
だが、何か…普通と違う気がしてしまう。
普通の人間らしいと定義しようとすれば、…思うところがあるにはあるが、まだ奥様が一番マシだったかもしれない。
前々から雇われているらしい人達は皆一様に最低限の発言しかしない。
僕の感覚が悪いだけかもしれないが、気休めの言葉もねぎらいもなく。
反対に、叱咤や苦言もない。
仕事を教える時でさえ、与えられた仕事をただこなしているロボットのようで薄気味悪かった。
顔の筋肉を操作されているのかと思えるくらいに、笑顔は一切なく、ひとつの表情に固定されていた。
……たとえるなら、生気の抜けた動くマリオネットとでもいった方が良いか。
距離を置かれている、という感じでもない。
付き合いづらいと今まで思っていた職場でさえ、アットホームに感じるほどの空気だった。
「……働かせてもらってるのに、不満ばかり言っていても仕方がないのはわかるんだけどなぁ…」
仕事だし、僕が未熟だから怒っているだけかもしれない。
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