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***


仕事を終えたが、今日は少年の部屋には行かない。
…というよりも、行けないという方が正しい。


(おそらく、今日は蒼様と一緒にいるだろうからな)


今のところ誰にも咎められることはなく済んでいる。

最近は一緒に頑張ろうと話をしたことのあるはずの使用人までもが、返事をしてくれなくなった。

業務上最低限の会話はしてはくれるが、何をしてしまったのか原因はわからないが、僕の人に嫌われる才能は捨てたもんじゃないなと笑うしかない状況が悲しかった。

だからこそ、少年の方に赴いてしまう。
いつも『くーくん』以外に興味もなく、記憶にも残らないとわかっていながらも、彼は僕に嫌悪を示すことはないから。

また今日も泣いているのだろうかと内面憂慮しながら、部屋には行けないながらも結局は少年のことを考えていた。

今日は一段とひどい状態になっているだろう。

昼間に偶然見てしまった光景が、頭にへばりついて離れない。

(……あれは……夢ではなかった)

女性の悲鳴に似た声が聞こえてきて、そっちを向くと。

蒼様が少年を抱くようにして、震える手からナイフを丁寧に優しい動作で回収していた。


最初は何が起こっているのかわからなかった。

少年自身も自分が何をしようとしたのかわかっていないような、まともに寝れていないのがわかる顔で罪悪にとらわれ、激しく動揺して泣いて、えづくような過呼吸になって、蒼様に宥めるように抱きしめられていてもそれはしばらく治まらなかった。


狼狽えて泣きじゃくるようにして涙を流す少年の身体を抱きかかえた蒼様はこの状況に取り乱すことはなく、整った顔は冷酷なまでに表情ひとつ変わらない。

焦りや心配は見られず、むしろ全て予想していたのではないかと思えるような冷静な態度で、見ていた者全員に他言無用の命令を出す。

……たった今、傷つけられそうになった婚約者が目の前にいるにもかかわず、だ。

そっちには一言もなく、一瞥すらしない。

勿論というか当然非難する奥様の声は聞こえていたが、そこでようやく蒼様が思い出したかのように声をかける。

そうされたことに歓喜しているのが見えたのも束の間、自分を刺そうとした相手への制裁を求めるが、その場にいる最優先指示者には叶わない。

奥様が危ない目にあったというのに、少年がしたこと自体は問題として取り上げられる感じではなかった。


(……処罰なされないのか)


蒼様のことだ。
何か過ちを犯した場合の処罰は死ぬのと同等、もしくはそれ以上の然るべき制裁が加えられるのだと思っていた。
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