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見間違い、ではなかった。
目の錯覚ではなかったのだ。
二度目は、そう遠くない日に訪れた。
僕が疲れていたからとか曲解した思い込みだとか、そうではなかった。
………
………………
少年の部屋に向かいながら、今日も未来の奥様に婚約者らしいことをしていた蒼様を想起する。
今日もお二人で美男美女にお似合いの服装をして外に出かけられていたし、帰宅された時も言及するほど問題があるような雰囲気ではなかった。
だがひとつ言うことがあるとすれば。
お二人の様子を見ながら、あの冷酷に整った美しい顔が人間らしい感情をみせることが本当にあるのだろうかと、何度そう思ったかは知れない。
僕が見られないだけで、人のいないところでは奥様に様々な表情を見せているのだろう。
だから、あれは人前だからだと、何度も思い込もうとした。
奥様から聞いた絵本のような運命的な過去話も含めて、そのうえで御関係を鑑みて、実際は相思相愛なのだと信じていた。
「……(……蒼様……?)」
少年の部屋の前に、整った艶やかな黒髪と優美な着物を纏った男の姿が見えた。
今出てきたばかりのようだ。
中の人物と何か言葉を交わし、静かに障子を閉める。
そうした後も蒼様はすぐにはそこから立ち去らなかった。
待つこと数秒、別の部屋に向かおうとしているのか廊下を歩き始める。
ぎりぎりのタイミングでとっさに身体を隠した木の柱の裏側で、息を潜める。
あのことも気になり、柱の陰から覗いた。
「――――、」
目を、見張る。
今見たものに、思わず口に溜まっていた唾を飲んだ。
あの日と同じように。
いや、それ以上にゾクリと身が震え、全身が冷える。
その対象が自分に向いたらと、考えてしまった。
きっと心の底から相手を愛していたとしても、……愛するからこそ竦みあがって恐ろしくなるほどに。
少年がナイフを持ち出して仮説を翻された日から、そうかもしれないとは思っていた。
だが、ありえないとも思っていた。
というよりも、そうであるなら蒼様の行動が理解不能すぎる。
まだ、奥様に対する態度の方が表向き家柄的な婚約者への扱いとしては無くはないだろうと思っていた。
愛が無くても結婚は可能だ。
蒼様の家柄のことを考えてもここで途絶えさせるわけにはいかないだろうし、性行為も男であれば同様に問題なくできるだろう。
だからこそ今までの振る舞いを考えると余計に、少年の部屋の前で見たものと新しく生じた仮説が一致しない。
人間観察も趣味である自分がみた限り、奥様に対してそういうことは一切ない。やはり当初感じた通り、態度は一貫していた。
……奥様には、絶対にしない表情。
冷酷で無関心とは真逆だ。
まるでいつも見せているものが全て偽りであるかのように、ある意味では人間らしいと呼べる感情。
むしろ…、そこら辺の人よりもよほど……
(……これこそが、奥様の望んでいたもの、な気がするが…)
どれほど期待して焦がれても、彼女の愛する男がそれを向けることはないだろう。
おそらく、一生かなうことはない。
「……あはは、…いいな。さいこーじゃん……」
遥か昔に渇望していた以上の存在を目の当たりにして、笑ってしまう。
(……少年が羨ましいと思うのは、間違っているだろうか)
普段とは違う危険で妖艶な美しさが別の意味で人の心を奪い、魂ごと惹き付ける。
誰も想像すらできないだろう。
日頃、奥様と一緒にいるときの蒼様しか知らなければ絶対にありえないと思うだろう。
他では意味を成さない。
……少年が傍にいるときにだけだ。
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