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「ねぇ、名前なんて言うの?」
「襟夜、ですけど」
顔を近づけてくるお姉さんにどきどきして、心拍数が半端ない。
お、女の人とこんな至近距離にいたことなんてないし、余計に顔が熱くなるのが分かる。
さすがに女の人を殴るわけにもいかないし、でもどうにかしないと麗央に殺されると焦りつつへらりととりあえず笑ってみた。
ていうか、いつも聞こえてた隣の部屋からの喘ぎ声ってもしかしてこの人だったりすんのか?
…そう考えた瞬間、不覚にも頬が熱くなったような気がした。
「照れちゃって、かわいー」
違う違う…!!
断じて照れてるわけでない!!
頬を撫でられ、びくりと肩が震える。
うおおおおやばいこれ以上近づくのはやばいっていやああなんて心の中で叫んで。
ふと目の前に迫る顔とは別に、腰に当たる違和感に冷や汗が流れた。
目を見開く。
なんか固いものがあたって…。
(え、この感触――)
いや、気のせいだ。きっと気のせいだなんて心の中で呟きながら。
目の前の綺麗な顔に視線を戻す。
「…(……へ?)」
もしかしてこの人、なんて考えてると目を閉じたその顔がすぐ近くにあって。
避けることもできずにただ、迫ってくるその顔を茫然と眺めていた。
「っ、」
(もしかして、キス、)
もうすこしで唇が重なる――、というところでお姉さんの姿が視界から消えた。
「…――何、やってんの?」
「…げ、」
「えーあとちょっとだったのにー」なんて呻くお姉さんの後ろにいるその人物に全身から血の気が引いた。
「…麗、央…」
不機嫌MAXオーラがむんむん出ている。
お姉さんに目もくれようとせずにこっちに近づいてくる悪魔に、ひいいいと手をつかって必死に後ずさった。
そんな俺の行動に、麗央の目がきらりと光る。
「なんで人の家の前でキスしようとしてんの。え、下僕死にたいって?」
「生きたいです!!」
こわい!!こわいよ!!
絶対怒ってる!!殺される!!
口は笑ってるのに、目が「I kii you」と殺気を発している。
うおおおお俺のせいじゃないのにと言いかけてそんなこと言ったら絶対殺されるから言えない。
「いい度胸だな、下僕の分際で」
「ぬおおおおおお!!こめかみが砕かれるうううう」
むんずとこめかみを片手でつかまれ、粉砕しようとしてくる、怖いくらい笑顔の麗央に泣きそうになりながら必死に謝った。
ぼったぼった出てくる嫌な汗。
「いだだだだ…!!麗央!!ごめん!!すみませんでした!!謝ります!!いだいいいいい」
「何か言い訳してみろ」
「え…」
麗央にこめかみを掴まれたまま、なにか言わなければとぐるぐる脳内を探索し、へらりと笑った。
「お、俺はそんなに悪くないような…、ッ!!いだだだがが……!!すみませんんん…!!」
めっちゃこめかみを指の腹で潰された!!ごりって変な音が鳴った…!!
言い訳してみろとか言いながらさせる気ないだろ…!!
「それ相応の罰を受けてもらうから」
待ってろ、と死刑宣告を下す裁判官のような顔で、ぽいと俺を投げる麗央。
「うぎゃ、」
痛い。顔からコンクリートにダイビングした。
そんな俺を置いて、彼はもう一人の罪人を裁くために部屋へと舞い戻っていった。
「………ぐす……はい」
静かにうなずいて、俺は短い人生だったな、なんてほろりと涙を流しながら、パタンとしまったドアを見つめるのであった。
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